雲外に沈む 妖刀奇譚 第弐幕
糸
頭上でいくつかの声が重なっている。
ぼやけていて何と言っているのかは聞き取れないが、どれも覚えのある声だということはなんとなく分かった。
誰だろう、と意識を集中させる。
「おい、思葉、しっかりしろ、思葉っ」
突然そのうちのひとつの声が鮮明に聴こえてきた。
思葉はぱっと目を開ける。
すると、すぐ鼻先に誰かの顔があった。
口を大きく広げていて、思葉を頭からぱくりと食べてしまいそうだった。
「きゃああっ!お化けっ!」
思葉は勢い良く飛び起きた。
直後、額に衝撃が走り目の前に火花が散った。
ぐ、とくぐもった声も聞こえた気がする。
「おい……おれを化け物扱いだけでなく頭突きまでかますとは……
おまえは恩を仇で返す奴だったのか」
「あっはははははは!」
恨みのこもった声音に重なるようにして遠慮ない笑声が響く。
涙目でそちらを見ると、赤鬼の面をつけた阿毘がおなかを抱えてけらけらと笑っていた。
彼の感情とつけている面の感情とがちゃんと一致している。
「お、お化けって、ふふっ、まさにその通りだね。
こいつは付喪神まがいの妖怪だから……でも、目覚めた第一声がそれって、あはは、おかしいなあ」
「やかましい、阿毘!いい加減笑いやめ!」
怒った声が飛んだが、笑い声がやむ気配はちっともない。
その向こう側にいる青鬼の面をつけた阿毘が呆れたようにため息をついたのが動作で分かった。
思葉は額をさすりながら、怒声の持ち主のほうに顔を向けた。
高いところで一つに結わえられ、背中に流れる月白色の長い髪。
群青色の水干に霞色の小袴に、すっかり耳になじんだ声音。
そっくりだけれど、あの常闇の世界で見た彼とは違う。