雲外に沈む 妖刀奇譚 第弐幕
「玖皎……」
半ば呆然としながら名前を呼ぶと、言い合いをやめた玖皎たちがそろってこちらを見た。
玖皎が膝を寄せて肩に触れる。
「大丈夫か、思葉」
思葉。
ことは。
名前が鼓膜を震わせ、そこから身体全体になじんでいく。
「玖皎……あたし、思葉だよね?」
「は?」
「あたしの名前は……思葉で、いいんだよね?」
玖皎は不安で真っ青になっている思葉の肩を優しくなでた。
それから主の頬に手を添え、言い聞かせるように口を動かす。
「忘れるな、お前の名前は皆藤思葉だ、それ以外の何者でもない。
お前は皆藤思葉だ」
「思葉……思葉……」
「そうだ、それがお前をお前たらしめる名だ」
力強く言われて、思葉はようやく心の底から安堵することができた。
身体から力が抜けて、へなへなと倒れそうになった思葉を玖皎が慌てて支える。
様子を見ていた轉伏が小さく息をついた。
「その分だと、妖刀が介入したのは間一髪だったみたいだね。
まったく、今までいろんな人間を見てきたけど、ここまで無防備な無鉄砲は初めて見たよ、なんかすごいや」
「……そんなに、危なかったの?」
「自覚ないの?」
「ううん、ありすぎるけど、まだよく分かっていないというか……」
半ば呆然としている思葉を見て、轉伏がくすりと笑う気配がする。
彼の隣まで移動した珒砂が轉伏の頭を一発殴って、思葉の方を向いた。
「お前、危うくおれたちの仕事を増やすところだったんだぞ。
今も同じようなもんだが、おれは死んだ魂を運ぶ仕事は嫌いなんだよ」
「珒砂、それじゃあ言葉が足りなすぎて説明になってないよ。
あのね、今思葉ちゃんの身体から、思葉ちゃんの魂が切り離されそうになってたんだよ。
いくら閻魔大王から力を分け与えられている阿毘でも、完全に切り離された魂をもう一度身体に入れ直すのは難しいんだ。
つまりあと少しで死ぬところだったの」