雲外に沈む 妖刀奇譚 第弐幕
「玖皎、ねえ、何の話?」
「あー……思葉、おまえにおれの真名を教えただろう?
おれがおまえを主と認めたから、というのもあるが、教えたのには他に目的があったんだ」
「目的?」
「おまえとおれの結びつきを強める事だ」
「命綱のようなものだね」
口を挟んだ轉伏が指を3本立てる。
「名前の役割にはね、大まかに分けて3種類あるんだ。
一つはその魂の居場所を確保すること、一つは名前を与えた相手を支配すること、そしてもう一つが個々のつながりを強固なものにすることなんだ。
まあ、いわゆる隠世に触れることがなければ、この役割は知らなくても人間は生きていけるけど、君はそういうわけにはいかないからね」
そういえば、と、思葉はそっとお腹を撫でる。
あの付喪神に何度も知らない名前を聞かされていたとき、思葉の意識は強く揺さぶられていた。
知らない名前を与えられそうになったのだ。
(そうか……あれは、あたしを支配するための名前だったんだ……うっかり口にしていたらどうなっていたんだろう……)
考えるだけでも恐ろしい。
思葉は目を閉じてその想像を頭から追いやった。
「自分の名前を忘れてしまえば、その魂は居場所を見失って永遠にさまよい続ける。
思葉ちゃんは、あの結界の内側にいた付喪神に乗っ取られるところだったんだ。
本来の名前を失うということは、自分の居場所を、帰る場所を喪失することと同じだからね」
「それと玖皎の真名が、どう関係しているの?」
はあっ。
珒砂が大きなため 息をついてわざとらしく肩を落とすのが見えた。
完全にこちらをバカにしている動作である。
「鈍いやつだな」
「分からないものは仕方ないでしょ」