雲外に沈む 妖刀奇譚 第弐幕
再
思葉(ことは)の運動に対する苦手意識は、小学校に入学する前からあった。
特に走ることに関しては短距離でも長距離でもダメで、運動会では追い越されてばかりだったし、マラソンではビリから数えた方が早かった。
ソフトボールは10mも投げられないし、サッカーボールを蹴れば明後日の方角へすっ飛ぶ。
ハードルや走り高跳びは絶対に倒す、マット運動なんて以ての外。
なので成績はいつも、保健のレポートや筆記試験でどうにかカバーしていた。
典型的な運動オンチである。
祖父の永近(ながちか)に言わせると、彼の娘、つまり母にそっくりらしい。
学年が上がるにつれて運動する機会が減っているから、現在進行形で鈍くなっている。
しかし、竹刀を振るうことと、木登りや登り棒といった真っ直ぐに立つものによじ登ることだけは得意だった。
最初は力の入れ方や掴まり方、足のかけ方が分からず、すぐに落ちてしまった。
けれども幼馴染みの來世(らいせ)が根気よく教えてくれたおかげで、小学2年生の夏休みの頃には枝に座ってお菓子を食べられるくらい上達した。
高校生になった今でもたまに、本当にたまに、裏庭に立つ白梅の木に登ることがある。
体育などで身体を動かすのは嫌いだが、あの少しも揺るぎない幹に掴まり高いところへ向かうためだったら抵抗は感じなかった。
むしろ好きである。
木に登って、いつもよりも高い景色を眺める楽しさや、枝葉に囲まれた中に居ることの心地よさを知ったからというのもあるが、一番の理由は初めて枝にたどり着くことができたときの達成感が大きかったからだろう。