雲外に沈む 妖刀奇譚 第弐幕
高校生の頃より頻度は減ったらしいのだが、行哉は時折こういう行動をとることがある。
何かがスイッチとなり、急に独りになりたがるのだ。
そして今のように唐突に、自分や來世の傍から離れていく。
そのスイッチやきっかけがどういうものなのかまでは、実の兄弟である來世にもよく分からないらしい。
もちろん思葉にも分からない。
行哉らしい側面を久々に見て、変わっていないなあと思う反面、いきなり放り出されて取り残された気分になる。
慣れるまでに一苦労したことも思い出した。
「何よ急に、訳分かんない」
一言だけ毒づく。
突っ立っているわけにもいかないので、思葉は回れ右をして、縁にうっすらと苔の生えた庭石を踏んだ。
鍵を開けて中に入り、しっかりと戸締りをする。
その途中で、肩に掛けていた鞘袋からするりと太刀が抜き取られた。
視線だけをそちらに向けると、早速人の姿になった玖皎が本体を片手にしている。
すっかり馴染んだ一連の動きで、もう驚くことはなかった。
玖皎は家に帰ってくると、すぐに人型になって本体を自分の手に持ち、先に2階の奥にある思葉の部屋へ向かう。
そうするのだろうと思っていたが、今日はしばらくそこに居て思葉を見ていた。
ダイニングテーブルに荷物を置いて一息ついた思葉は、動こうとしない玖皎に気づいた。
きれいな双眸に見つめられて、少しだけどぎまぎする。
「な、なに、どうしたの?」
「おまえって……鋭いくせに、存外鈍いんだな」
低い声でそれだけ呟き、きょとんとする主人を置いて玖皎は階段をのぼっていく。
(え、鈍いって何が?)
タイミングを逃して聞きそびれた疑問が胸に燻りを残す。
硝子戸の向こう側から、客と話している永近の笑い声が届いた。