雲外に沈む 妖刀奇譚 第弐幕
來世を軽く上回るほどの気分屋だ。
まともな性格の阿毘はいないのだろうか。
(……あ、そもそも阿毘って人間じゃなかったわ)
人間ではないものに人間の物差しを突きつけても意味はない。
そのことに気づいて思葉は諦めた。
こういう阿毘もいるのだろう、適当に相手をして帰ってもらえばいい。
そんなことを考えていると、ふいに環玄が思葉に顔を近づけ、まるで犬のように匂いをかいできた。
スンスンという音に思葉は首を竦めるが、環玄は遠慮することなくこちらに踏み込んでくる。
不快感に肌が粟立った。
「え、ちょっ、な、何なの?」
「それにしてもおまえ、随分と美味そうな匂いしてんなー」
「……は?」
この環玄という阿毘は本当に突拍子もないが、今の彼の言葉はすぐに理解できなかった。
困惑する思葉の手首を掴み、環玄は面を彼女の顔に寄せる。
悲しげな顔の奥、小さく空けられた目の部分から、ぎらりと光る金の瞳を見つけた。
それはまるで、獲物を狩ろうとする獰猛な獣のようだった。
ザッと恐怖が駆け巡る。
「こんな匂いのする人間は珍しいぜ、そんだけおれらに波動が近いってことか。
めちゃくちゃいい匂いするなーと思って探してみたら、まさかのおまえにたどり着いてびっくりしたけど、まあ納得だ。
喰ったらさぞかし美味いんだろうなぁ……」
(――喰われる!?)
恐怖よりもまず命の危険を感じた。
掴まれている手を振りほどこうとしたが、かなり強い力で握られているためびくともしない。