雲外に沈む 妖刀奇譚 第弐幕
「がはっ!」
がら空きになった懐に、彼を蹴り飛ばした、怒り顔の青鬼の面をつけた阿毘が容赦なく拳を沈める。
「急に持ち場から居なくなったと思ったらこんなところで油売りやがって!
なーにが『少しだけ』だ!
人間食ったら、というか、無関係の人間に傷を負わせるのは御法度だろうが、もう忘れたのかよあほ!
また悍染(あらそめ)さんに手足もがれても知らねえぞ!
手足で済めばいいけどな!」
「いってえな、何すんだよ珒砂!一口味見するぐらいいいじゃんかよ!」
「おまえ、おれの話聞いていたか!?」
「いやまったく!」
「ッ、……覚悟はできているな?」
「へ?」
珒砂は環玄に馬乗りになり、その顔面を殴りつける。
面の上からではあるがかなり痛そうな音が鳴った。
手加減をしている様子は露ほどもない。
だが、殴られている環玄は痛がってはいるものの、血だらけになっているというのに平気そうだった。
それどころか何で殴るんだと文句を言う始末。
なので珒砂の猛攻が緩まるはずもなく、流血沙汰はひどくなる一方だった。
唖然として阿毘たちのケンカを観ている思葉の肩を、支えてくれたもう一人の阿毘が優しくさすった。
肩に傷がないかを確かめる手つきだった。
「ああよかった、間に合ったみたいで」
思葉がそちらを見上げると、笑い顔の赤鬼の面をつけた阿毘が彼女を見下ろしていた。
観覚えのある姿と聴き覚えのある声に、思葉はほっとして胸に手を当てた。