雲外に沈む 妖刀奇譚 第弐幕





「お久しぶり、思葉ちゃん」


「……轉伏さん」


「お、やったね、ぼくの名前覚えていてくれたんだ。


でも『さん』は付けなくていいから、呼び捨てで構わないよ」


「えっと……じゃあ、轉伏。あれは一体どういう状況なの?」



思葉はまだ環玄を殴り続けている珒砂を指差す。


二人を見た轉伏はやれやれと軽く肩を竦めた。



「珒砂はいいとして、あっちの黄色の面の方は環玄というんだけど、知ってる?」


「さっき名前を教えられたわ」


「あ、そうなんだ。環玄もぼくたちと同じ悍染さんの部下で一緒の管轄なんだよ。


それで今この周辺を探索中だったんだけど、その途中で急にどこかに行っちゃってね。


で、探してみたら君と一緒にいるのが分かって、あわてて駆けつけたってわけ。


珒砂のあれは違反しかけたことと仕事を増やしたことへの罰だよ。


人間にはちょっと衝撃大きいかもしれないけど、まあいつものことだから気にしないで」


「そ、そう……」



あれが『いつものこと』なのか。


血だらけになっていく床と壁を見て、思葉はそれ以上深く考えないようにした。


ひとしきり殴った珒砂が長く息を吐き、懐から数枚の札を取り出す。


彼がよく聞き慣れた日本語のようで、まったく耳にしたことのない異国の言葉のような不思議な響きをもつ呪文を詠唱すると、札はひとりでに動いて環玄の身体を封じた。


3枚ほどの札が、面をすり抜けて彼の口のあたりを塞ぐ。


かなりの傷を負っていても、環玄にはまだ抵抗しようとする気力も体力も残っているらしい。


呪縛から逃れようと身をよじっている。




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