雲外に沈む 妖刀奇譚 第弐幕
一瞬で沸点に達した珒砂が轉伏を目がけて何かを投げつける。
思葉の目で追えない速さだったのに、轉伏は難なくひょいとキャッチした。
それは思葉が運んできた予備のマウスだった。
「まったく、怒るとすぐ手が出るんだから」
そう轉伏がぼやいたときには、珒砂も環玄もどこにもいなかった。
彼らの住まう彼岸へ移動したのだろう。
「じゃあ、ぼくも持ち場へ戻るけど、迷惑かけたお詫びに一つ教えてあげるね」
「え?」
「思葉ちゃん、環玄に喰われそうになってたけど、あいつから匂いがどうのとか言われなかった?」
「うん……なんか、美味そうって言われた」
だろうな、と小さく言って、轉伏が思葉にマウスを渡した。
「幽世には人間を喰らう妖怪がうじゃうじゃいるんだ。
此岸にも昔はけっこうな数いたけど、閻魔王からの命でぼくらが粗方あっちへ連れて行ったんだよ、いやー、あの時は苦労したなぁ。
環玄も阿毘になる前はひどい悪食の鬼だったからね、100年経ってもまだそこのところが完全に抜けていないんだけどさ」
「へ、へえ……」
優しいトーンの声であっさりと恐ろしいことを言ってくれる。
阿毘たちが現世から妖怪を追い払ってくれたあとに生まれてよかったと、思葉は心の底から思った。