雲外に沈む 妖刀奇譚 第弐幕
撫でるよりは髪を掻き乱しているような手を払うと、もう阿毘の姿はなくなっていた。
途端静けさが身体にのしかかり、遠くから聞こえるトランペットの音がそれを引き立てる。
「なによ、もう」
思葉は髪を整えながらむくれる。
中途半端なフォローは、かえってこちらの心配を大きくさせるものだ。
安心させようとしているのか、それとも不安にさせようとしているのか、とにかく、良いように遊ばれた感じが拭えない。
(……でも、護身がきちんとできないのは本当だし……帰ったらおじいちゃんに相談しよう)
ため息をつき、PCルームの施錠をして職員室に向かう。
その途中、ふと何かを感じた。
それが何なのか分からないけれど、ざらりとした違和を覚えたのだ。
足を止めて顔をそちらに向ける。
窓の向こう、夕日に照らされる部室棟が見えた。
逢魔が時。
昼から夜へと移る、二つの岸の境目が曖昧になり、魑魅魍魎が生者を狙い蠢き始める時間が迫っているのだ。
轉伏からの忠告を思い出し、寒気がした。
「早く、帰ろっと」
深く考えたらいけない、それだけで囚われる。
思葉はかぶりを振ってその場から離れた。
――部室棟から、それを見つめる人影があったことに気付かないまま。