雲外に沈む 妖刀奇譚 第弐幕
來世が不満そうに唇を尖らせ、おどけて突き上げた拳を引っ込める。
人の気も知らないで楽しそうな男だ。
思葉は再度ため息を吐き出し、靴を履き替えた。
せっかく頭の中からきれいさっぱり忘れ去っていたというのに、朝から思い出すなんて最悪以外の何物でもない。
特に暇な時間の多い古文の時間にぐるぐるしそうだ、放課後までには忘れたいところである。
そんな幼馴染の心境も知らずに來世がまた何かを思い出す。
「オカ研って、中身はアレだけどけっこう顔面偏差値は高いよな。
えっと、誰だったっけな……ひとりダントツに美人がいたような気がするんだけど、確か」
「あ、三木(みつき)さんだ」
「え゛っ」
來世が口を閉じて昇降口を見回し、1組の女子生徒の姿を探す。
三木さんとは、來世が終業式前日に一目惚れしたテニス部の生徒だ、経緯は教えられたが覚えていない。
散るのも早ければ芽生えるのも早い來世の恋心、だから「なんかチャラいから」と言って断られるのを彼はよく自覚していない。
「嘘だよ」
「はっ!?」
思葉は小さく舌を出して階段に向かった。
頬のあたりを赤く染めた來世が追いかけてくる。
思い出したくないものを思い出させてくれたお礼だ、このくらいの仕返しは可愛いものだろう。
ふいに、どういうわけか行哉の姿が目に浮かんだ。
それとほぼ同時に胸の奥が疼いたことに、思葉は気づかないフリをした。
気づいてはいけない気がした、何故かは分からない。
分からないと、思う。
「おい思葉、待て!」
「お断りしまーす」
そこから追いかけっこが始まり、2階に着いたところで学年主任の教師に見つかって、仲良く注意されるハメになった。