雲外に沈む 妖刀奇譚 第弐幕
この目を見続けてはいけない。
本能が警鐘を鳴らし始め、思葉はさっと顔を背けた。
文庫を両腕で抱え、曖昧な笑みを浮かべて軽く首を振る。
「うっ、ううん、何でもないよ、じゃあね」
「うん、ばいばい」
矢田の返事を待たず、思葉はそこから駆け出す。
荷物を置いてある教室ではなく、真っ先にロッカールームへ向かった。
細かく震える手でカギを開け、匂い袋を取り出しぎゅっと握る。
瞼を力強く閉じ、深く呼吸を繰り返した。
怖い、たまらなく怖い。
早くここから離れなければ。
(逃げなくちゃ……なんだか、とても嫌な予感がする)
思葉はいくらか落ち着いたところで教室に戻り、鞄を背負って昇降口に急ぐ。
矢田とは会わなかった。
校門を出たところでいったん足を止め、大きく息を吐き出す。
もう一度手のひらを確かめてみても、やはり傷はなかった。
(おかしいな……確かに痛いと感じたし、傷もあったように見えたのに。
気のせい、なんかじゃないよね)
吹き抜ける生ぬるい風に身が震える。
思葉は左手を軽く数度握って、そこから歩き出した。
校舎の陰から矢田がじっとその姿を見つめ、坂道に消えたところでくすりと嗤った。