雲外に沈む 妖刀奇譚 第弐幕
思葉は軽く肩をすくめた。
周囲の目を気にしないでいられるほど図太くはないが、それに振り回されたくはない。
横断歩道で大学生のカップルとすれ違う。
お揃いのブレスレットを付けて手をつなぐ彼らは幸せそうに笑っていた。
「思葉ちゃんはいないの?」
「なにが?」
「好きな人だよ。辻森は勝手に喋ってくるけど、思葉ちゃんにはいる?」
何気ない話だ。
実央も、なにかの意図があって尋ねてきたわけではない。
そうだと分かっているのに、なぜか胸の奥がざわりとした。
それが軽い疼きに変わり、男の背中を思い出させる。
行哉の背中だ。
それだけじゃない。
褐色の肌も、倒れかけた自分を軽々と支えてくれた腕の逞しさも思い出す。
太くないけれども力強さを感じさせるあの腕を、幼い時から知っていた。
初めて欅の枝に辿り着いたとき、樹上から思葉に手を差し伸べてくれたのは彼だった。
「こっちだ」
言葉も声音もぶっきらぼうだったけれど、ちゃんと思葉のことを考えてくれていた。
それらを唐突に思い出す。
電車のうたた寝の中で見た夢は、あの頃の記憶を辿った夢だった。
(そうだ……あの手は來世じゃなくて、行哉くんの手だった……)
「思葉ちゃん?」
実央がのぞき込んでくる。
大きな瞳の中で、光がくるんと動いた。
「どうしたの?急に黙り込んで……あっ、もしかして」
「えっ?な、何でもないよ、急に聞かれてびっくりしただけだから」