現状報告、黒ネコ王子にもてあそばれてます!【試し読み】
先ほどよりも妖艶な微笑みと低く甘い声に、もしかして夢でも見ているんじゃないかと思った。
「だから、ちょっとあっちで口説かれてくれない?」
「なっ、なにを言って……えっ、ちょ、ちょっと……!」
展開が早すぎてついていけない。気がつけば、涙も乾いていた。
綺麗な人は混乱するわたしに構わず、肩を掴んだままズンズン歩きだす。
「お、おい! 和紗っ」
呼び止める風馬の声がだんだんと小さくなっていった。
な、なんだろうこの人……きっと助けてくれたんだよね。でも、誰なんだろう。
肩を抱かれたまま、そっと上目で綺麗な人を確認する。
いくら考えても誰かわからないし、見覚えもない。社内ですれ違えば、無意識にでも覚えてしまいそうなほど目立つのに。
身長も一八〇センチはあると思うほど高くてカッコイイけど、なんだか変な人……って、もっ、もしかして……!
この人が誰か思い浮かんだときには、インテリア事業部のオフィスまでやってきていた。
綺麗な人はネームホルダーの中に入っているIDカードを扉のタッチ式センサーに当て、セキュリティを解除してドアを開ける。
「おはようございます。本日からお世話になります、黒原薫です」
黒原さんはわたしの肩を抱いたまま、オフィスへ入って明るい挨拶をした。
「み、水門ちゃん……!」
藤本さんが小声で悲鳴をあげていた。
「もう仲良くなったみたいですね。まぁ、よかったじゃないですか」
その隣で桃原さんはほんわかと笑顔を浮かべている。
ほかの人も、わたしのことを不思議そうにチラチラ見ながら、彼に歓迎の拍手を送る。
やっぱり、この綺麗な人は黒原さんだったんだ……!
わたしが驚いて見つめていると、その視線に気づいた黒原さんと目が合った。
「ごめん、お持ち帰りしちゃった」
ニコッと笑った顔からは悪いと思っている気持ちが感じられない。
「も、持ち帰られたわけじゃありませんっ! わたしもこの部署のものです」
わたしは黒原さんから離れると、顔を引き締めて向き直った。
「インテリア事業部コーディネート課の水門和紗です。よろしくお願いします」
頭をさげると、黒原さんは「よろしく」と言ってわたしのことをジロジロ見だした。
「な、なんですか?」
「いや、さっきも思ったんだけど、いいスタイルしてるなぁって……」
「ふ……普通ですけど?」
な、なにを急に……。
突然思わぬところを褒められて、動揺と警戒心からつい怪訝な顔をしてしまう。