現状報告、黒ネコ王子にもてあそばれてます!【試し読み】
「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。すごくフレンドリーな性格ですし、すぐに打ち解けられるでしょう」
白矢木課長から語られる黒原さんはいい人みたい。だけど、先ほどの藤本さんの言葉がひっかかって落ち着かない。
「白矢木くんは自分が育てた後輩だから、贔屓目で見てるのよ」
斜め向かいから藤本さんの鋭い突っ込みが入る。
「否定はしませんが、実際彼はすごいですし、人脈も多い」
白矢木課長は一切動じることなく、穏やかな口調で藤本さんに反論していた。
ふたりのやり取りを半ばハラハラしながら見ていると、扉の近くでコピーを取っていた桃原さんから声が聞こえた。
「水門さん、営業企画部の柿崎さんが呼んでるよぉ」
「えっ……」
“柿崎”という名字に、瞬時に身体が強ばる。
呼ばれたほうを見ると、短い黒髪に目鼻立ちがハッキリした柿崎風馬(かきざきふうま)が立っていた。
身長一七五センチに、学生時代はずっと野球をやっていたという均整のとれた身体つき。大きな目でじっと見つめられると、それだけで萎縮してしまう。
「あっ、ありがとうございます」
わたしは慌てて駆け寄りながら桃原さんにお礼を言い、オフィスの外に出てドアを閉めた。
「……どうして、コーディネート課に?」
声が震える。それは怒りのせいか、イヤなことを思い出したせいか、自分でもわからない。
風馬は……今一番、会いたくない人だった。
たとえ同じ会社でも、一か月間、顔を合わさないことだってある。
なんていったって、ビルの七階から十階と一階にあるショールームのスペースがアーニーデコールだけど、風馬が所属する営業企画部はビルの十階、コーディネート課は七階にある。
普段、ビル内ですれ違うことは少なく、打ち合わせなどがないと顔を合わす機会はほとんどない。
こうしてわたしをたずねて来たということは、用があるからだとわかっている。そして、その内容も……察しはついている。
「和紗、話があるんだ」
風馬の声もわずかに震えていた。もしかしたら、ここに来るのに結構勇気が必要だったのかもしれない。
「わたしはないよ……帰って」
「そんなこと言わずに……もう一度、謝らせてほしい。それで、俺の話を聞いてほしいんだ」
わたしの冷めた態度に焦ったのか、風馬の声が大きくなる。わたしの腕を掴み、聞いてほしいとばかりに顔を覗き込んできた。