現状報告、黒ネコ王子にもてあそばれてます!【試し読み】
「まっ、待って。ここではちょっと……。異動でバタバタしてるし……」
廊下を見渡すと、歩いている人がちらほら見える。しかも、まだインテリア事業部のオフィス前。こんなところで話をしていては、誰に聞かれてもおかしくない。
「どうしても誤解を解きたいんだ。話を聞いてくれよ」
風馬の顔つきは必死で、周りが見えていない様子だ。
これじゃあ、誰かが近くに来ても、そのまましゃべり続けてしまいそう。
「わ、わかったから。……場所、移動しよう」
わたしは風馬を促し、ひとけがないところで話をすることにした。
廊下の突き当たりまで行き、人がいないことを確認する。近くにエレベーターがあるけど、到着したら音がなるし、ここなら大丈夫だと思って風馬に向き直った。
本当は向き合うだけで、胸の奥が絞られるように痛くなる。でも、これでちゃんと終わりにできるなら……そう思って、話を聞くことにした。
「それで……話って、なに?」
胸の痛みを押し殺してたずねる。風馬は大きな瞳を揺らして、頬を強ばらせた。
「あ……あのさ……俺達もう一度、やり直せないかな?」
わたしの一瞬の表情も見逃すまいというくらい、じっと見つめながら聞いてくる。そんな彼から、わたしはそっと目を伏せた。
「……無理だよ。わたしは、もう風馬に会いたくないほど傷ついたんだから」
「そんなこと言わないでくれよ。あれは本当に出来心で、酔ってたし……悪かったよ」
食らいつくように謝ってくる風馬に首を振った。……もう、心は決まっている。
「無理。どうせまた同じこと繰り返すよ……浮気したっていうことは、わたしから気持ちが離れていたからだと思うよ」
わたしと風馬は同期で、つい最近まで付き合っていた。三月の下旬、送別会の帰りに彼がひとつ下の後輩とホテルへ入って行くところを見るまでは。
浮気は許せない。でも、本当は……それだけじゃない。
浮気現場を目撃する前にも、風馬がわたしを好きではないんじゃないかと思うことがあった。だから、もうわたしの中では限界だった。
そのときのことを思い出すと、目の奥が熱くなってきた。涙が零れないよう、そっと唇を噛みしめる。
「俺は和紗が好きだよ……後輩とはその場のノリでっていうか……本当に悪かった」
風馬は申し訳なさそうに頭をさげる。
そんな態度を見ても心は動かないし、言い訳は耳を素通りしていく。代わりに飛び込んできたのは、エレベーターが到着した音だった。