ランチタイムの王子様!
実家ではお揚げののった鍋焼きうどんが定番の病人食であった。
病気で学校を休んだ時だけ母が作ってくれる特別メニュー。
台所からトントンと包丁を動かすまな板の音が聞こえてくると、私はベッドの中でそわそわと落ち着かなくなる。出来上がりが待ち遠しいのだ。
やがてお盆にのった土鍋が現れると、病気のことも忘れ布団を足で跳ね上げる。
じわっと味がしみたおあげと消化に良いようと良く煮込んだうどんを食べると、驚くほど力が湧いてきて、たちまち病気が治ってしまうのだ。
(食べたいなあ、うどん)
作ってくれる人がいないと分かっていても、食べたくて仕方ない。
大人になるって辛い。
病気になっても世話をしてくれる人もいないので、自力で何とかするしかないのだ。
(食べたいなあ……)
そうやって、しつこくうどんのことを考えていたからかもしれない。
……最初は夢かと思った。
優しい出し汁と醤油の匂いが、どこからともなく詰まり切った鼻を掻い潜って空腹の胃を刺激してくるものだから。
これは食への渇望が生み出した幻なのだと。幻覚ではなく幻臭、幻聴ならぬ幻臭だと己に言い聞かせていた。
……それはともかく、お腹が空いた。
(幻にしては良い匂い……)
うう!!やっぱり気になるよ!!
ふよふよと夢と現実の狭間を漂っていた私は良い匂いの正体を見極めるべくカッと目を見開いた。