ランチタイムの王子様!


「肩の力を抜いてください」

ふわっと香る柔軟剤の匂いに気がついて、背後を振り返る。

「お、王子さん!?」

王子さんの腕の中にすっぽり包まれたまま、包丁を持った手に手を重ねられ、うろたえて声が裏返る私に対し、王子さんは顔色ひとつ変えずに料理指南を続けた。

「見ていてください」

手元に集中するように促されても、ドキドキと高鳴る心臓の音を抑えられそうにない。

(集中できるわけないでしょ!!)

あまりの恥ずかしさに耳まで真っ赤に染まる。

週5日職場で顔を合わせているといっても、そこは赤の他人だ。

息遣いさえ聞こえてきそうな至近距離、ましてや手と手が触れ合った今の状況で冷静でいられるはずがない。

(近いっ!!近いっ!!)

あうあうと声にならない叫びを押し殺しながらひとりで悶えていると、重ねられた手に力を入れられ、人参に包丁がストンと降ろされた。

厚さ2ミリの見事な輪切りである。

「上手ですよ」

王子さんはそう言うと輪切りの人参をつまんで、拙い包丁さばきを褒めてくれた。

「この調子でどんどん切っていきましょうか」

褒められるとつい嬉しくなってしまうのは、単純な思考回路の証?

「はいっ!!」

王子さんが褒めてくれるたびに、止まっていた時間の針が動き出していくかのようだった。

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