ランチタイムの王子様!
(入社初日に遅刻なんて!!)
私はものすごく焦っていた。緊張のしていたせいか前日は眠れず、目覚まし時計は電池が切れ、乗っていた電車は遅延するという不運のオンパレードに頭はパンク寸前まで追い込まれていた。
……だから、気がつかなかった。
「申し訳ありません!!初日から遅刻しました!!」
自分のことで精一杯だった私は“フィル・ルージュ”の入口で深々とお辞儀をした際に、給湯室帰りの王子さんをお尻で突き飛ばすという愚行を犯してしまったのだ。
バシャンと床に液体が零れる音がして振り返ると、真っ白なシャツにジンワリと広がったコーヒーのシミに視界が塞がれる。
「あっ……」
シミのついたシャツから目線を上げ、コーヒーを零した人物のご尊顔を拝見すると、怒りを押し殺すようにヒクヒクとこめかみが動いていて、さっと顔が青ざめる。
「す、すみません!!」
お高そうなシャツに!!まさかの泥水!!
「次は気を付けて下さい」
メガネのフレームを指で押し上げるその顔に憎々しげにこのマヌケ!!と書いてあったのは言うまでもない。
(つ、次はないかも……)
ギロリと睨まれた視線の冷たさに、入社一日目にしてクビを覚悟した。
この一件があったばかりに、私はすっかり王子さんに苦手意識を持ってしまい、話しかけるだけでも緊張する有様である。
温情でクビはどうにか免れたようだが、いまいち鈍くさい私に対して王子さんの風当たりが強いのもこのせいだろう。