【短編集】秘密
それなのに。


ああ、何て運が悪いの。


このカフェに二人が入ってくるのは全くの想定外だった。

千春もそうらしく、ベルを鳴らして入ってきた二人を穴が開くほど見つめている。


さっきから片手で弄んでいた薔薇のストラップが熱を帯びた気がした。


叶夢くんとのデートでスプリング・フェスティバルに行ったときのことだ。


ガラス細工の職人体験のイベントに二人で参加して、薔薇を作った。


笑いながらお互いの薔薇を交換して。

思い出が次々と蘇った。

ジェットコースターから見る、意味を為さない景色みたいに。


叶夢くんのリュックにはまだ私の薔薇が揺れている。

黄色い薔薇だ。

私が今持っているのは、叶夢くんが作った赤い薔薇。



ふわりと唇が弧を描いた。

真っ赤な薔薇の花言葉は「真実の愛」。


黄色の薔薇は─────「嫉妬」。





今の自分よりも過去の薔薇の方が素直だなんて変な感じだ。


私の化身とも言える薔薇が、叶夢くんの傍にある。


歪んでいるとは分かっているものの、黒を纏う醜い感情が湧き出て来るのを感じる。





叶夢くん、いつ私から薔薇に声をかけようか?








Fin.
< 9 / 19 >

この作品をシェア

pagetop