太陽に恋をして
週半ばの水曜日は比較的、店が空いている。


お客さまが途切れた隙に、シャンプー台の掃除をしていたら、箒を手にした西澤さんが目を赤くしているのに気づいた。


「西澤さん、変わるよ」


シャンプー台の掃除の方が、赤い目を周りに気づかれにくいだろうから。


俺に箒を渡すと、西澤さんは小さい声で、ありがとうと言いシャンプー台に向かう。


落ちた髪を集めながら、シャンプー台の方を見ると西澤さんが一生懸命、掃除しているのが見えた。


なにかミスってお客さまからクレームが出たのか。
スタイリストに叱られたのか。

美容師はこだわりがきつくて、結構はっきり言う人が多いから。
でも、それは仕方がないことだ。
それだけ仕事に真剣に向き合ってるって証拠だし。

それにしても、西澤さんは泣きすぎだと思う。
楓佳なんて、美月の結婚式以外で泣いたことなんて一度もない。



掃除を終えて、箒をしまっていると、西澤さんがパタパタとやってきた。
もう目は赤くない。
肩下までのウェーブした髪が揺れる。


「唯月くん、今日仕事終わったら話聞いてほしいんだけど」

背の低い西澤さんに、見上げるようにしてそう言われ、もしここで断ったらまた泣くんじゃないだろうか、と一瞬身構えた。

愚痴か弱音か、はたまた泣き言か。

いずれにせよ、気が重い。

レッスンがない日は一刻も早く帰って、楓佳に会いに行きたいのに。
そのための口実ももう考えてあったのに。




「…今日?」


「うん、今日。無理?」


「いや…大丈夫です」


西澤さんの目が再び潤んだような気がして、思わず敬語で返事をした。
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