太陽に恋をして
「一生懸命やってるんだけど、空回りしてる気がする。唯月くんみたいに、センスないんだよ」
「センス?」
「唯月くん、入社した時からシャンプーも上手だったし、カットもすごく上達したじゃん。唯月くんがアシスタントでついてる時は、沙耶さんもすごく仕事やりやすそうだし。きっとスタイリストデビューもうすぐだよ」
スタイリストデビューか。
そうしたら、今までみたいにレッスンと称して、ただで髪切ってやれなくなるのかな。
そうなったら楓佳、俺を指名してくれるだろうか…。
ぼんやりそんなことを考えていると、西澤さんが氷の浮かんだ水を一口飲んで呟いた。
「やめちゃおうかな…」
なんて返せばいいのか迷った。
気のきいたことを言うつもりはないけれど、ずっと楓佳とばかりいるせいで、一般的な女の子にかける言葉がわからない。
「…西澤さんのいいところは、なんでも一生懸命なところだと思う」
飲みかけの赤ワインを見るともなく見ながら、俺は続ける。
「西澤さんは背が低いから、シャンプーするのもタオル畳むのも掃除でも、なにしても一生懸命に見えるんだよ。そこが西澤さんのいいところだと思う」
言い換えれば、得だと思う。
なんでもないことでも、一生懸命やってるように見えるから。
それって、お客さまからしたら、すごく嬉しいような気がする。
自分のために、一生懸命やってくれてるんだな、って。
「だから、向いてないことはないと思う。美容師に」
言い終えてから顔をあげた。
テストの答えを確認するみたいに。
「…ありがとう」
西澤さんは泣きそうな顔で笑っていた。
西澤さんにだって、美容師になりたい理由があったんだろう。
それなら、それを叶えるまでやめちゃだめだ。