太陽に恋をして
開店前の百貨店は、営業中とは少し違う匂いがして好きだ。
閉店後とも違う。
新しい匂いがする。

いつだったか、唯月にそう話すと、開店前の美容院も営業中とは違う匂いがすると言っていた。


私は、駅から歩いてすぐの百貨店に入っている、老舗子ども服メーカー petite lapin(プチ ラパン)で働いている。

お受験服といえばpetit lapinと言われていて、クラシックで上品な洋服は出産祝いや入学式などのセレモニー用に購入される方が多い。

制服に着替えて店舗に入ると、先輩の加奈さんが金庫のお金を計算していた。

petit lapinでは子供服アパレルには珍しく、制服がある。
子ども服をそのまま大人用に仕立てたような水色のワンピース。
同じ制服だけど、加奈さんのものは少しゆったりしている。
加奈さんは今、お腹に赤ちゃんがいるのだ。



「おはようございます」


「おはよ。今日もゆづくんいたの?」


加奈さんは私の髪を見てくつくつと笑い、本当に仲良しよねぇと再び金庫のお金に目を落とす。


何度もこの店に顔を出している唯月は加奈さんとも顔見知りだ。


「本当に迷惑です。不法侵入ですよ」

「いいじゃない。幼馴染みなんだし」


小さな店内にモップをかけながらぼやくと、加奈さんはレジにお金をしまって、大きなお腹をさすりながら笑う。

「ゆづくん、犬みたいでかわいいし」


加奈さんは唯月のことをよくそう言う。

アッシュグリーンとかいう少し変わった色に染められた柔らかい髪も、好奇心旺盛でいつも楽しそうな二重の瞳も、人懐こい笑顔も、いつも私にぴったりくっついているところも。


「いらっしゃいませ」

営業時間の10時になり、私と加奈さんは店の前で並んでお辞儀を始めた。

お辞儀をするたびに、伸びた前髪がおでこをくすぐった。


< 5 / 110 >

この作品をシェア

pagetop