僕の好きな女の子
その日から、希華ちゃんの話はその好きな男の子の話になった。
「今日は会えたんだよ。」
「今日は会えなかった。」
「今日は廊下ですれ違ったの。」
ボクはそのどの報告も、どうでもよかった。
けれど、冬になる頃ピタッとその男の子の話はしなくなった。
どうでもよかったのに、話さなくなると、それはそれで気になってしまう。
けれどボクには聞くという行動は出来ない。
だからボクは、ひたすら待つしかない。

今度は冬休みというのが来た。
また朝から希華ちゃんは学校に行く事なく家にいた。
この家に来てから二度目のクリスマス。
今年は沢山の希華ちゃんの友達がやって来た。
クリスマスパーティと言っていたけれど、凄く楽しそうに笑う希華ちゃんを見て、ボクも嬉しかった。
少しずつ増えてくる女の子や男の子…希華ちゃんの顔が変わった。
一人の男の子が来た瞬間、希華ちゃんは緊張してる表情になったんだ。
初めて見る希華ちゃんだった。
なんだろう…胸がモヤモヤする。

二時間程クリスマスパーティってやつがされた後みんなが帰って行く。
最後の友達が帰って行って玄関のドアが閉まった瞬間、希華ちゃんがボクに向かって走って来た。
目から大粒の涙をポロポロと零しながら。
「クーちゃ〜ん…湊くん、好きな女の子いるって!!」
希華ちゃんの好きな男の子は湊くんっていうのか…。
湊くんは希華ちゃんじゃない女の子が好きなんだ。
ねぇ希華ちゃん、泣かないで。
ボクが居るから。
廊下でママさんがこっちを見ていた。
「希華…ほら、泣かない泣かない。可愛いお顔が涙でくしゃくしゃになちゃう。希華、湊くんの事好きだったのね。そっかそっか。」
そう言ってママさんはボクが出来ない代わりに希華ちゃんを抱きしめた。
その日、希華ちゃんは疲れて寝ちゃったよね。
あんなに泣いていたのに、次の日いつもと変わらない希華ちゃんに戻っていたから、びっくりしたのを今でも覚えてる。
希華ちゃんの初恋は呆気なく終わった。

それから希華ちゃんから、好きな男の子の話を聞く事はなかった。
二年生になっても、三年生になっても小学校から中学校になっても聞く事はなかった。
毎日の報告は何を勉強したとか、誰と何を話したとか、たわいない話ばかりだった。
希華ちゃんは高学年になってから塾って所に行くようになった。
学校から帰って来ると、すぐにランドセルを置いて違う鞄を手に出掛ける。
帰って来るのはいつも遅くなった。
それからは恋の話どころか、ボクに話しかける事も少なくなって言ったんだ。
ボクは淋しくても何も言えない。
ただただ話しかけてくれるのを待つ事しか出来なくて、何度声が欲しいと思ったかわからない。
希華ちゃんは毎日毎日勉強ばかりしていた。
一緒にテレビ見る事も、一緒に遊ぶこともなくなった。
ボクはそんな希華ちゃんを隣でいつもみていた。
「希華…少し休まない?」
「ううん、試験までもう少しだから頑張りたいの。」
「そっか。わかった。」
希華ちゃんの世界には私立中学校ってのがあって、そこに行くには試験ってものがあるらしい。
希華ちゃんはその為に毎日頑張っていた。

試験当日の朝、久しぶりに希華ちゃんはボクには話しかけてきた。
「クーちゃん、今日は私の試験なの…毎日頑張ってきたから絶対受かりたい!クーちゃんもここから祈ってて!」
そう言うと、いってきますと言って家を出て行った。
キミに言われなくてもボクは祈ってるよ。
それぐらいしかボクには出来ないんだから。
希華ちゃんの頑張りは実を結んだ。
名門校で幼稚園からエスカレーター式の学校に受かったのだ。
発表当日、パソコンの前で希華ちゃんはボクを抱いて画面を見ていた。
受かってるのがわかると、ボクを強く抱きしめた。
潰されてしまうかと思ったぐらいだ。
「クーちゃんがそばで見ててくれたから頑張れたんだよ。」
汚れなき瞳にいっぱいの涙を溜めキミは言った。
その言葉がどれだけボクには嬉しかったか…。
希華ちゃんはまた一段階段を上がったんだ。

それから希華ちゃんの生活は忙しかった。
卒業式に、新しい学校の制服や教科書の購入、小学校の友達とのお別れ会。
「中学校はバラバラになるけど、ずっと友達だからね!」
幼稚園から友達のあっちゃんが泣きながら言った。
「うん。ありがとう。」
希華ちゃんも泣いていた。
なのに希華ちゃんが席を外した時ボクは聞いたんだ。
「なんか私立行くの自慢してるみたいだよね。そう思わない?あっちゃん!」
「う…うん。」
「私立行くんだから、もう友達じゃないよ。私立で友達できるだろうし!!」
「そうだよね…。」
なんだか聞いてて淋しくなった。
ボクにとっての友達は希華ちゃんだ。
ボクは希華ちゃんがいなくなっちゃうと辛い。
友達っていうのは、そんなに簡単になくしたりできるものなのかな?
人間っていうのは時として面倒くさい生き物なのかもしれない。
一週間後、希華ちゃんの中学校の入学式がある。
なのに希華ちゃんは入学式当日に高熱をだしてしまい入学式には出れなかった。
希華ちゃんが中学校に初登校したのは三日経ってからだった。
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