僕の好きな女の子
奇跡
夏休みが終わってから希華ちゃんは学校へと行ってしまった。
日に日に痩せて行くのがボクにでもわかった。
希華ちゃんは毎日帰ってくると、すぐにお風呂に入るようになった。
ママさんが帰ってくる前に汚れた制服を洗い、汚れた体を綺麗にするために。

夏が終わる頃、その日は汚れることなく帰ってきた希華ちゃんは部屋で着替えた。
ボクは下着姿の希華ちゃんの腕に傷があるのを見つけた。
よく見ると腕だけじゃない。
足にも同じような切り傷があった。
糸のような線のような傷。
あれはなんだろう?
イジメでされた傷?
でもそんな所にできるの?
足の傷は太ももの内側にあって、足の付け根らへんにもある。
腕の傷も二の腕あたりにある。
一つ二つじゃない。
いくつも傷がある。
数を数えるのも大変なほどの数。
おもむろに希華ちゃんがカッターナイフで太ももの内側に刃を当てるとスッと引いた。
それはあまりにも自然で違和感がなかった。
その傷から薄っすらと血が滲んでくる。
その血を見て希華ちゃんは軽く笑った。
『希華ちゃん…?』
深いため息を吐いた希華ちゃんはティッシュで血を拭った。
「こうして血を見てると自分が人間なんだって思える。」
希華ちゃんはボクにいつもと変わりない笑顔でそう言った。
ボクにはソレの意味がわからなかったし、わかりたくなかった。
何故自分で自分を傷付けてるのかわからない。
ただこのままじゃ希華ちゃんが壊れてしまう気がした。
まだ暑さが残るのに長袖長ズボンだったのが、コレを隠すためだったと思った。
隠すってことはイケナイコトだとわかってるんだ。
なのに、どうして?
そんなことしてるの?
なんのためにそんなこと…。
人間だと思えるって何?
そんなことしなくても希華ちゃんは人間だよ。
そんなことしないとわからない程苦しいなら学校行かないでよ。
ボクとここにいればいい。
ねぇそうしてよ。
希華ちゃんがボクを抱き上げ強く抱きしめた。
「そうだよね。わかってるの…こんな事しちゃいけないことだって…でも…でもね…。」
上から涙がポタポタと落ちてきた。
「毎日毎日イジメられてるとね、私人間じゃなくてロボットかなにかなのかなって…。」
ロボット?
「心を持たないロボット。泣いても、やめてって言ってもやめてくれなくて、ずっと笑ってるの見てると、あぁ私は人間じゃないんだって。人間の扱いされてないなって思うの。私も頑張れないかもしれない。」
希華ちゃん…。
ボクに涙があるなら、きっと今キミを想って泣いてる。
「私にはお母さんもお父さんも…クーちゃんもいてる。だから頑張れるって思ってた。でも、もうそれも支えにならなくなってきてて、イジメられた数だけ傷が増えていくの。このままじゃ私…。」
そこで希華ちゃんは話すのをやめた。
このままじゃ私…何?
何を思ってるの?
つい最近までは希華ちゃんが思ってること、感じたこと手に取るようにボクにはわかってたんだ。
でも今は何を考えて何を思ってるのかが、わからなくなってきた。
このことが、どれだけボクにとって不安か希華ちゃんにはわからない。

次の日も、また次の日も希華ちゃんは学校に行った。
今日はママさんが仕事を休んだ。
「クーちゃん…希華はもしかしてイジメられたりしてるのかしら?」
ママさんがボクに話しかけてきた。
「あの子毎日制服洗ってるみたいなの…洗剤がなくなるのが早いのよ。水道代も増えてたし…物を壊すことも無くす事も増えたし…物を大事にする子だから、なんだか引っかかって…。」
やっぱり母親ってわかるものなのかと思った。
「昔っからあの子嘘が下手なのよ。梅雨の時お父さんがあげた傘忘れてきたって言った時あったでしょ…あの頃ぐらいから、なんか変だなって思って。嘘言ってまで隠すことなんて、数少ないと思って…責任感が強い子だから、余計な物抱えてるんじゃないかしら。だから、今日はあの子に聞こうと思って…。」
ボクに話しかけてるような独り言。
ママさんの目に涙が浮かんでる。
「もう、歳取ると涙脆くなちゃう。希華のこと思うと…。」
ボクと同じだと思った。
「さてと、昼ごはん食べよっかな。」
そう言ってグイッと涙を拭って立ち上がりキッチンに行ってしまった。
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