白衣の変人
中はこの前と変わらず紙束で溢れていた。違ったのは、ソファの上で横になっている男がいること。どうやら、先程の女子大学生の予想は当たっていたらしく、墨原はソファに仰向けになっていた。額に片腕を乗っけて、動かない。


(そんなに早く着いちゃったのかな……。)


真璃が部屋にあった壁時計に目をやると、約束の時間より一時間は早い。これではこの男が部屋にいなかったとしても不思議ではなく、ましてや研究室で寝ていても何も言えない。


向かいのソファに座っても良かったが、そうしたら起こしてしまってまた嫌味を言われると思った真璃は墨原の近くに立ち尽くしていた。静かな部屋には墨原の僅かな寝息だけが響いている。寝ているというのに眼鏡とマスクははずされておらず、その表情は見れない。


真璃はちょっとした悪戯を思いついた。


(どんな寝顔してるのか見ちゃお~。)


そろりそろりと泥棒か何かのように墨原の真横に立って腰を屈めた。まずはマスクを慎重に取り外していく。一度ピクリと反応された時は焦ったが、墨原は起きなかった。


マスクが取れると、墨原の口元が露わになった。嫌味ばかり言う口は今は閉じられており、薄い唇とあまり血色の良くない頬は不健康な生活を連想させた。それでも、その白い肌は女性である真璃が羨む程綺麗だったし、鼻はムカつく程高い。


少しムッとしながら、真璃は次はぐるぐる眼鏡を取り外しにかかった。マスクと違ってこちらは取りやすく、墨原を起こすようなこともなく簡単に取ることができた。だが、真璃は驚きのあまり小さく声を上げてしまう。


「う……そ……。」


普段はこの二種類の装備で顔は完全に隠されているんだろう。だが、この二つの装備は絶対にいらない、と真璃は思う。当然目は閉じられていたが、その長い睫毛と目のラインは美しかった。


墨原は真璃の声にむくりとゆっくり身体を起こした。


「ん……何だ。その声は汐沢君か。」


寝起き特有のぼーっとした顔。薄い唇から紡がれる低音。状況に対して頭がついていってないのか、伏し目がちにキョロキョロと周りを見渡している。そして……。


「……眼鏡とマスクはどこだ。」


低音は不機嫌そうに一層低くなり、墨原は眉間に皺を寄せて呟いた。だが焦点が合っていない。もしかしなくても目が悪くて見えていないのかもしれない。


「墨原教授、目悪いんですか?」
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