白衣の変人
真璃が紙束を研究室に運び終えた数分後、墨原も両手いっぱいに資料を持って戻ってきた。墨原もかなり非力に見えたが、そこは男性らしく真璃より力はあるらしい。


「墨原教授、今日はこれでおしまいなんですよね?」


「ああ。講義はこれで終わりだ……が、君の仕事は終わっていない。」


「は……!?」


これでようやく帰れると期待していた真璃は素っ頓狂な声を上げた。墨原はそんな真璃の様子など気にかける様子はなく、いつもの机に向かい始める。


「そこの資料を五十音順に並べて整理してくれ。」


指された先には大量の紙、紙、紙……。真璃は眩暈を感じた。これを全て整理するのには一時間や二時間じゃ足らない。


「早くしたまえ。私は君の時間を金で買っているのだから。」


こちらを見もしないで言う墨原は何やら書き物をしている。真璃はゆるゆると動き出し、目の前の大量の紙と向き合った。


(こうなりゃヤケよ……さっさとやってしまおう……。)


何枚かまとめてホッチキスで止められている資料を一束ずつ見ていく。それのタイトルを見て五十音順にしていく。墨原のペンを動かす音と、真璃の紙を動かす音だけが空間を支配した。





何時間経っただろうか。真璃はようやく言われた通り資料を五十音順にまとめ上げ、それを所定の棚に入れた。


「墨原教授~終わりましたよ。」


「ふむ……ご苦労。それなら今日はもう帰っていい。」


時計を見れば、もう夜10時だった。墨原は未だに何か書き続けている。


「教授は帰らないんですか?」


「私は君のような学生と違って暇ではないのでね。子供はさっさと帰りなさい。」


虫か何かを追い払うように手をシッシと動かす墨原に、心の中であっかんべーをして、真璃は帰路に着いた。人が心配してもあの態度だ。どうかしてる。


(それにしても……教授の素顔かっこよかったな~。)


思いがけず見たあの陰険教授の素顔。バイト初日に悪戯心で見たそれは、真璃の心の奥深くに残り、強い印象を残したのだった。
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