白衣の変人
「いや~墨原とやるの久し振りだよな。どうする?お前でも知ってそうな曲にしようか?」


「構わん。適当に決めろ。私はさっさと帰りたい。」


どうやら、前にも二人はこのゲームで対戦したことがあるらしい。三好なんかは百戦錬磨のイメージがあるが、墨原は真璃よりもできなさそうなイメージが強い。それに、会話から察するに墨原は音楽に疎そうだ。様々な曲を知っている人間の方がこういったゲームでは強いだろう。


あの墨原が三好に敗北して悔しがる姿が見れるかもしれない、と真璃は密かにほくそ笑んだ。


「ん~じゃ、ここはフェアにいこう。マイナーで、どちらも知らない……これ?」


ばちを器用に扱って三好が選んだのは、確かにマイナー……いや、一昔前はメジャーだったのかもしれない古き良き昭和の香りがする曲だった。二人共難易度は……最高の鬼。ギャラリーと真璃が見守る中、いきなり大量の太鼓を叩く指示記号が流れてきた。まだ歌詞にすら入っていない前奏の時点である。


はっと、そこでその場にいたギャラリーと真璃は息を呑んだ。意外過ぎる展開が起きたのである。三好のばち捌きが素晴らしいのは先ほどの対戦で分かった。だが、明らかにインドアで、ゲームやら音楽やらに興味のなさそうな墨原が三好に並んで今のところノーミスで叩いている。腕が痛くなりそうなほど激しい太鼓演奏。こんなもの目で追えるのかというほどとめどなく流れてくる演奏指示。


「凄い……。」


これしか言えなかった。ギャラリーも墨原を見る目が変わってくる。


「あの人凄くない?」


「見た目とギャップありすぎ。」


「ゲーセンオタってわけでもなさそうだもんね。」


そして、曲が終わる。どちらも素晴らしい得点を出したが、三好が一歩及ばなかった。


「あ~負けた。墨原の方がノーミス続いたもんね。」


カラカラと笑う三好は熱いのか服をパタパタとさせている。


「当然だ。お前に負けては私の沽券に関わる。」


墨原もじんわり汗をかいている。熱いと言いながら眼鏡を外し、白衣の袖で乱暴に顔を拭った。その途端、ギャラリー(主に女性)が黄色い声を上げた。


(顔だけはいいんだよねあの人……性格はただの陰険性悪なのに。)


真璃は溜息をつくばかりだ。また、巻き込まれても面倒だと遠目で傍観を決め込んでいる。


「うっそ!あの人イケメンじゃん!」


「私声かけてくる~!」


一人の勇者が墨原に近づいた。髪の長い、露出の激しい格好をした、遊び慣れていそうな……三好を女性にした感じの人だ。明らかな下心と共にタオルが差し出される。甘ったるい猫撫で声をつけて。


「あの、よかったらどうぞ。このゲームお上手なんですね。良かったらこの後私に教えて下さらない?」


墨原は差し出されたタオルをつき返し、至極不快そうな顔をした。


「要りません。それに、こんなどこの馬の骨とも分からん他人に教わらなければならないほど、貴女はこのゲームを上手くならないといけないんですか?すぐに?そうでないならもう少しご自分で努力をされるべきでは?……どうやら、男を誘う努力だけは怠らないようですから。ああ、それと臭いので私の半径5メートル以内に入らないで頂きたい。鼻がおかしくなりそうだ……軽く公害ですよ。」


つらつらと、よくこれだけ嫌味が並んだものだと真璃は思う。これこそが墨原朱門という男。嫌みったらしく陰険。そして容赦というものは存在しない。だが、まさか女性相手に臭いと、公害とまで言うとは……確かに香水の匂いはするが、そこまでキツくはなく真璃をはじめ周りの人は気にしていなかっただろう。


空気は凍り、嫌味を散々言われた女性は怒りで身体が震えている。今までいたギャラリーは蜘蛛の子を散らすようにどこかに消えていった。三好はすぐに空気を読み、真璃と墨原の手を取って全速力で外へと走った。
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