誘惑はキスから始まる
「はい」
「……つかぬ事をお聞きしますが、一緒に住んでいる男性というのは?」
「あっ…兄なんです。事情があって居候させてもらってます」
なぜか、誤解されたくなくて余計な事まで喋ってしまっていた。
「そうなんですか…それは良かった」
「えっ?」
コホンと咳払いをした男は、私を見て微笑むと
「採用です」
はい⁈
遠回しに既婚か未婚かしか聞いてないように思うが、そんなので採用⁈
まぁ、採用されるならなんでもいいんだけど…いろいろ質問されると思っていたから簡単過ぎて…
「あの…採用でいいんでしょうか⁈御社を希望した理由などの質問をされていません」
男性はクスッと笑うと
「では、御社を希望した理由は何ですか?……なんて意地悪なことは言いませんよ。昨日で、あなたの人柄は少しわかったつもりでいます。僕達と一緒に1組でも多くのカップルの出会いを演出しましょう。では、いつからこ……」
私を見て決定事項のように淡々と喋りだした。
えっ…
男に両手の手のひらを見せ、胸の高さで
ちょっとまった〜と話を止める。
「あの…こちらの会社はイベント企画をされているのでは⁈」
「はい…わかりやすくいいますと婚活の場を提供しています。事務員の募集でしたが、溝口さんには簡単な事務作業をしながら僕の秘書をして頂こうと思います」
「はぁ…秘書経験はありませんが…」
いやいや…その前に自分の勘違いを正そう。
M&Eオフィスって昔の結婚相談所って事だよね。
「それは、経験がなくても大丈夫です。秘書といっても簡単な仕事ですから…それでいつから来れますか?」
男は、テーブルの上で手を組み反論する隙も与えない。
私の勝手な勘違いだったけど、仕事を選べる立場じゃないし、やっと採用された会社だ。やるだけやってみようと数分で決心した。
「……明日からでもいいでしょうか?」
「はい…当社に朝9時半に出社して頂いて細かい事は明日仕事をしながら説明します。……あと、服装ですがどんなものでも構いません。ですが僕と行動して頂く事もあるのでそれなりの服装でお願いします。溝口さん明日からお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
キリッとしていた端正な顔が、突然、優しく微笑むから一瞬、ドキンと胸の奥で高鳴った。
「では、明日」
エレベーターの扉が閉じるまで見送ってくれた男に少しだけ信頼できそうだと思った。