誘惑はキスから始まる
「あの…こちらの会社はイベント企画をされているのでは⁈」
?
「はい…わかりやすくいいますと婚活の場を提供しています。事務員の募集でしたが、溝口さんには簡単な事務作業をしながら僕の秘書をして頂こうと思います」
名前からして結婚相談所だと思わなかったのだろう。
「はぁ…秘書経験はありませんが…」
「それは、経験がなくても大丈夫です。秘書といっても簡単な仕事ですから…それでいつから来れますか?」
もう引き返せないよ。
君を俺の側に置いて惚れさせるんだから
…逃がさない。
有無を言わさないように話を運べば
「……明日からでもいいでしょうか?」
よし…
彼女がおちた。
俺は笑みを殺し、淡々と必要事項を述べるとエレベーターまで彼女を見送った。
夜、帰宅するとエレベーターの中で男と一緒になる。
押したボタンを見て同じ階かとただ見ていた。
エレベーターから降り、俺の前を歩いて行く男が立ち止まる部屋は俺の部屋の隣だった。
呼び鈴も鳴らさず、カギを穴に差し込む男は彼女の兄だと確信すると、
「溝口さん⁈」
「はい…どなたですか?」
「失礼しました。隣に引っ越してきた山根といいます。昨日、挨拶に伺ったのですがお会いできず妹さんにだけご挨拶させていただきました」
「それは失礼しました…」
お互いにスーツの内ポケットから名刺を取り出し交換する。
「私は、M&Eオフィスの社長をしておりまして、求人募集に、本日偶然に溝口さんの妹さんの美咲さんが面接に来られ採用させていただきました」
「採用ですか⁈」
「はい…お隣という偶然でしたが、美咲さんの人柄に惹かれ明日から働いていただきます」
怪訝な表情をする男に、笑顔で決定だと言い切る。
「そうですか…よろしくお願いします」
そう言うしかないよな…
「いえ、こちらこそ。仕事がら遅くなる事もありますが、お隣なので私がちゃんとお送りします。ところで溝口さんは、お車の販売をされているんですね。ちょうど、車を買おうと考えていたところなんです。近々、見に行ってよろしいですか?」
表情を変えてないつもりらしいが、普段から人を見ている俺には口元が上がったように見えた。
「えぇ、是非…。妹にパンフレットを渡しておきましょう。お気に入りの車があるといいのですが、1度ご来店下さい。お隣のよしみでいろいろとご相談させていただきますよ」