誘惑はキスから始まる
くっククク…
背後で笑う声に振り向く。
「何よ」
ギロッと睨めば伸びた顎ヒゲをさすりながらだらしないスウェット姿で立っている兄がいた。
「相変わらず男に厳しいな…この俳優、いい演技するし、今、女性の中でダントツ人気者だろう。お前は、どんな男なら優しくできるんだ⁈」
「誠実で、優しくて見た目はタイプに越したことないけど、とにかく兄さんみたいに軽薄じゃない人よ」
フッ
小馬鹿にした笑いにムカつく。
「お前の言う誠実ってなんだよ?人によって解釈が違うだろう…俺はお互い納得なら遊びだと割り切った関係も誠実だと思うけどね」
「サイテー」
「付き合う気もないのに愛してるとか君しかいないなんて言うよりマシだと思っているよ」
ぐさっと胸に突き刺さる言葉に涙が溢れてくる。
「…どうせ私は、私の言う誠実そうな男に騙されたわよ」
「悪かった…嫌なこと思い出させたな」
頭を優しく撫で気まずそうな顔をしている男。
「俺が言いたいのは、そいつの一面だけ見て判断するなってこと」
「……わかってるもん」
「ならいいけど…俺だって本気になれる相手に出会いたいんだ」
「そうなの⁈」
「当たり前だろう…だからどんな出会いも大切なんだよ。もしかしたら運命の相手かもしれないだろう⁈」
うんめい…⁈
「お互い気づかないで、すでに出会ってたりするかもな」
苦笑いして浴室に消えて行く男の背を見送った。
「運命の出会い…ね⁈」
頭に浮かんだ男をブルブルと頭を左右に振り払いのけた。
あり得ない。
いちばん苦手なタイプなんだから…
フッと力強く息を吐き、まだ、結婚報道を実況しているテレビを消して、目の前の食事に集中した。
ーーーー
ーー
シャワーから出てきた兄さんはヒゲを綺麗に剃り、洗った髪をタオルで拭きながらトランクス一枚で出てきた。
「ちょっと…妹でも遠慮して服ぐらいちゃんと着てよね」
「俺の裸ぐらいでワーワー喚くな…経験ないわけじゃあるまいし…」
「……」
真っ赤になり黙り込む私を見て
「マジ⁈」
と珍獣でも見たかのように驚いた顔をしている。
「……まぁ…そのうち…バージンあげてもいいって思う相手に会えるさ」
ちっとも慰めになってない。
「出会ってないから今だにバージンなんです。それに、朝から兄妹でする話題じゃないから…終わり。仕事に行く準備しなくっちゃ」