誘惑はキスから始まる

訳がわからないって首を傾げる。

すると、何か企んだような悪い笑みを浮かべ耳側まで顔を寄せてくると

『キスして欲しそうな顔をしてましたよ』

男は、艶めく声で囁いた。

ボッと顔が熱くなり、頭から湯気が出ているような気がする。

それらを振り払うように

「そんなことありません」

と目の前に立つ男に言い切る。

「それは残念です…キスしたくなったら言ってくださいね」

クスクスと笑う男。

全然可笑しくない…

からかわれているってわかっているけど、対抗せずにいられない。

始めが肝心。

「絶対ないですから…山根さんは隣人で私の上司としか見てないですからね」

「それは残念…」

これだけはっきり言ったのに、とても残念そうに見えませんけど…

男は、腕時計を見て

「仕事に行きましょうか⁈。溝口さん戸締りしてください」

一瞬にして切り替わる男に戸惑いつつ、戸締りしてない玄関を閉めて彼の後に続いた。

仕事場までの道のり、歩いて15分ほどの距離を彼は私の仕事内容について話してくれるけど…苦手意識が出て距離を取ってしまっていた。

101ビルのエレベーターに乗ると2人きり。

突然…

「お前、いい加減にしろ。俺の話聞いてたか?」

仕事の話をする彼を上司としてみていたから油断していた私は、彼の豹変ぶりに驚き固まった。

聞いてたけど、離れて歩いていたから彼には聞いていないように見えたようだ。

「これから働く会社は、婚活をする男女に出会いの場を提供する職場だ。ちゃんと話を聞かない奴が結婚したいお客の気持ちがわかるのか?」

言い返せなくて、悔しくてうつむいて下唇を噛んだ。

するとうつむいていた顎をグイッとあげられ見つめる男に戸惑う。

「お前、男苦手なのか?」

あなたみたいな男が特に…
至近距離に緊張してかすれる声でハイと答える。

「お前のリハビリ相手になってやろうか?」

結構ですと、動ける範囲で首を左右に振る。

フッと笑った男は、顎にあった指を離した。

「…お前に拒否権ないから…」

そう言い残して開いたエレベーターの扉から出て行った。

はい⁈
なんなのよ。

手のひらをグッと握りしめ憤慨していると、扉の向こうから爽やかな笑顔と声で呼ぶ。

「溝口さん、降りないんですか?」

そのくせ、意地悪く『逃げるのか』と唇が動いた。

訳のわからない言動にはムカつくけど…
仕事はやりがいがありそう…
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