誘惑はキスから始まる
頑張りましょうねと肩をポンと叩かれ、
不安を感じながらもやるしかないと気合いをいれる。
そこに、打ち合わせが終わったスタッフが会議室から出てくる。
最後に出てきた社長がこちらを見て近づいてくると、自然と構えてしまう。
「事務作業の説明は終わった?」
「はい」
「それなら、秘書の仕事を説明するからついてきて」
シルバーフレームの眼鏡の奥の瞳は、真剣に仕事をしている人の目をしていて、顔つきも先ほどとは違いきつく感じてしまう。
ドキドキと緊張しながら彼の背を追いかけたが、不安で百合子さんに振り返って見てしまう。
頑張って…
と口だけを動かし微笑んでいる。
それだけだけど、不安な気持ちが薄らいでいく気がした。
社長室の中に入るとデスクの上で何やら探し物をしている様子。
見た感じ、整理整頓が苦手なのだとわかった。
あったあったと紙をピラピラさせ、立っている私に近づいてく来る。
『はい』っというように目の前にちらつかせる紙を受け取り、内容を見ると契約書だった。
「そこにも書いてあるけど、
1、ここで知り得た会員の個人情報は他言しないこと。
2、企画内容をライバル会社に漏らさないこと。
3、会員とは恋愛関係にならないこと。
後の項目はあまり気にする必要はないけど、今の3つは、信用問題に関わるのでサインお願いします」
「はい…」
恋愛関係ね…
よく知りもしない男と恋愛なんて2度とごめんだ。
もう、男に騙されない。
その為に、ここで男の目を養うのもひとつの方法だろう。
「それから秘書としての仕事ですが、僕のスケジュールを管理してもらいます」
私じゃなくても百合子さんに頼めば、きちんと管理してもらえるんじゃないの…
私の心の声が聞こえたのか、男は
「面接の時にお話したと思いますが、僕と行動するのがあなたの仕事です。ですから、僕のスケジュールを把握する為にも必要だと思いますが…」
不満ですか?
と言いたげに眼鏡を外し、鋭い眼差しで距離を詰めてくる。
なんとなく納得いかないけど…『はい』以外は聞き入れられない雰囲気に。
「わかりました」
男は、答えに満足そうに微笑んだ。
最も近寄りたくないタイプの男と行動するなんて私にとって地獄。
私は、無意識に不満な表情をしていたのか目の前の男が豹変する。
「上司命令だ。俺でリハビリしろ」
それは、悪魔の命令でした。