誘惑はキスから始まる
大河side
俺のめちゃくちゃな命令にギョッとしている彼女。
一緒に通勤していて途中から彼女は俺と距離を取って歩いていた。すれ違う男達とも極力避けている気がしてならなかった。男が苦手なのだろうかと疑問を持ちながらも会社があるビルのエレベーターに2人きりで乗るとあからさまに離れて隅に陣取る彼女。
女にこれほど警戒されたのは初めてで、彼女を好きになっている俺としては、彼女の態度にムカついていた。
仕事とプライベートとは別だと思っていても抑えがきかず、八つ当たりのように彼女に怒っていた。
傷ついている俺の気持ちもわからないだろうとイライラしていれば、彼女はうつむき一言も喋らない。
近づきうつむいている顔を顎から無理矢理グイッと上げさせれば、視線をそらし
彼女の体が少し後ずさり開いた距離……もしかしてが確信に変わる。
『男が苦手なのか』と尋ねると震える唇で『はい』と答えた。
なぜ苦手なのか確かめたいが、デリケートなことだったら⁈そう思うと喉まで出かかった言葉を飲み込んでいた。
その代わりに思いついたある方法を言葉にする。
「お前のリハビリ相手になってやろうか?」
断られるとわかっていたが必死に小さく首を左右に振る姿に、闘争心に火がつき笑みが漏れた。
このチャンスを逃しはしない。
「…お前に拒否権ないから…」
ちょうど開いたエレベーターの扉
あ然としている彼女を残して俺は降りると仕事モードの口調に戻した。
「溝口さん、降りないんですか?」
まだ、戸惑いを隠せない彼女に『逃げるのか』と唇を動かした。
そう言えば、勝気な面を見ているからこそ、彼女なら立ち向かってくるだろうと確信していた。
予想通りに彼女の表情は変わり、エレベーターから出てきた。
そして、今、目の前で不満気に俺を見ている彼女に上司命令と言う名目を行使して、彼女を堕とそうと画策している。
公私混同もどうかと思うが、常に彼女を側に置く理由が欲しかった。
さぁ、始めよう…
男が苦手なら好都合だ。
俺だけに心を許してくれるように、少しずつ彼女の心を柔軟して行けばいいと思っていたら…
「突然、なんですか?今は、仕事の説明でしたよね⁈いくら私が男性が嫌いでも仕事はちゃんとします。リハビリなんて必要ないです。だから理不尽な命令には従えません」
真っ赤な顔で刃向かってくる彼女は、キャンキャンと吠えながら尻尾を丸めた子犬に見えた。