誘惑はキスから始まる
キョロキョロ辺りを見渡せば、百合子さんと私だけ。
「他の方達は?」
「営業に行ったり、打ち合わせに行っちゃったわ」
「…そうなんですね。全然気がつかなくって皆さんに悪い事をしてしまいました」
「そんなこと誰も気にしてないわよ。あっ…1人いたけど…うふふ、その人は奥で仕事してるらしいから3人分出前とっていいって、ちょっと前に言いに来たの」
「社長ですか?」
「そう…美咲ちゃんのこと気になるのか後ろから覗いたりしていたのに、美咲ちゃんまったく気がつかないもんだから諦めて奥に戻って行ったわよ」
「……すみません。怒ってますかね?」
シュンとうなだれる私を見て
「気になる⁈…」
意味深に笑う百合子さんに思わず
「変な意味じゃないですからね。ただ、初日から仕出かしたのかと思うと情けなくて…」
言い訳がましく声をワントーンあげていた。
「集中してただけよ。気にしない…気にしない。まぁ、気になるなら後で社長室にお茶と出前を運んできたらいいわ。それで、近くの定食屋さんからとるんだけど…何にする?」
そう言ってメニューを見せてくれた。
悩んでいる私を見て
「社長の奢りなんだから遠慮なく頼んじゃいましょう…」
社長は特盛ソースカツ丼、百合子さんは天丼、そして私は悩んだ末にエビ天丼を注文した。
しばらくお茶を飲みながら座談会。
うちの会社は昼休憩が1時から…その理由は、昼休みを利用して会員の方が来店されたり、会員申し込みに来られる方がいるからで普段は、交代してお昼をとるらしい。
ネット登録とかの時代になぜわざわざ?っと聞くと社長の方針で、相手を観察して身分証も確認し、会社員なら勤め先も確認してから、やっと会社登録するのがうちのやり方。
そうすることで、安心と信頼をお客様に提供し、信用を得ることで会員も増え、イベントに参加される方も増えてきた。
もちろん、イベント会場もスタッフが自ら出向き料理、接客その他諸々をチェックしてから会場を厳選して社長自ら交渉に出向き格安で婚活パーティーを主催しているとのこと。
聞いているだけで、そこまでするのかと感心し社長を見る目が変わっていた。
そこへちょうど出前が届いて、新しくお茶を入れ直し特盛ソースカツ丼と一緒に
社長室に…だけど躊躇してしまう。
「秘書としての初仕事よ」
百合子さんが微笑んで後押ししてくれてドアをノックした。