誘惑はキスから始まる
明日になれば仕事が始まる。
彼の会社に電話して連絡が取れるかもと一夜を近くのビジネスホテルで眠れない夜を過ごした。
何かの間違いだと信じて朝、彼からもらった名刺を頼りに会社に電話すると新庄 司という社員はいないと言う。
認めたくなくて間違いだと何度も自分に言い聞かせていたけど、やっぱり自分は騙されたのだとやっと実感した。
騙され、ショックのはずなのに…
その時の私は住む家も仕事もなく、お金も財布にあるだけだからか、意外と冷静で泣くことよりもこれからどうしようかと考え、ある人物に電話していた。
父と母に心配をかけたくない私が取った行動は、疎遠だった兄に連絡することだった。
その時の行動がこれから私に起こる運命を左右するなんて思わずに…
「……もしもし、兄さん。お願いあるんだけど…」
「美咲…久しぶりの兄妹の会話がそれか⁈他に何か言うことないのか⁈」
面倒だなぁ。
「……兄さん、元気にしてた」
「なんだ…その投げやりな言い方は⁈」
クソッ…
ガマン、ガマン…これからしばらくお世話にならないといけないんだから…
「元気そうね。体壊してないか心配してたんだよ。最近、仕事はどう?」
「……まぁ、適当に稼いでいるけど…金に困ってるのか?」
鋭い。
「……あのね…お金貯まるまで兄さんのマンションに住んでも大丈夫かなぁ?」
「はぁっ…お前、アパート追い出されたのか⁈」
「違うって…彼女と住んでいるならいいんだけど、30万ほど貸してほしいんだよね」
「……どう言うことだ⁈お前、今すぐ俺のとこに来い」
電話口の向こうから聞こえる威圧的な声に、男が眉間にしわを寄せて怒っているのが想像できる。
「うん…今、すぐは無理。神奈川県だから…」
怒られるのが怖くて声が小さくなっていく。
「はぁっ…どうしてそんなとこにいる?」
「それが…話すと長くなるから着いたら(言いたくないけど)全部話すよ」
「わかった…あっ、お前、お金あるのか?」
「心配してくれてありがとう。でも、帰る分ぐらいは財布の中にあるから大丈夫」
「それならいいが…足りないようだったら来れるとこまで帰って来い。迎えに行ってやるよ」
怒っていたかと思っていたら、優しい面を見せる男に、ウルっときて涙が頬をつたった。
泣いていることを気づかれないように空元気を装う。
「わかった…足りないようだったら連絡するね」
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