誘惑はキスから始まる
言動が伴っていない私がおかしいのか、意地悪く笑う大河。
「……もう少しだけ一緒にいちゃダメ?」
繋いだ手を引かれ、大河の胸に抱きついた。
「これ以上、煽んな。俺も男だから我慢できなくなる」
ピシッと私の鼻先を指先で弾いて、苦笑する男。
「俺に抱かれる覚悟が出来たらそのセリフを言ってこい。そん時は、嫌って言っても離してやらないからな」
私の気持ちを優先してくれる大河。
だけど、心の奥底で強引に奪ってほしいと思う自分がどこかにいて、複雑な感情を持て余している。
だから、痛くもない鼻先を押さえて顔を隠した。
「…もう、おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
繋いだ手が離れ、寂しい気持ちのまま自分の部屋のドアノブに手をかけ鍵穴に鍵を差し込もうとした時、背後からドアを押さえ耳元で甘い声が聞こえた。
「離れたくないのは俺も一緒みたいだ」
ゆっくりと振り向き大河の顔を見る。
「たいが…」
「そんな顔するな…何もしないから、このまま抱きしめさせてくれよ」
今、私はどんな表情をしていたのだろう?
切なく懇願する大河の腕が私を抱きしめるから、私も大河の背に腕を伸ばし抱きついていた。
お互いの温もりと息遣いを確かめるように、優しく頭を撫で始める大河の手…大きな背を撫でる私の手。
言葉なんて必要ないように、おでこ同士を合わせて見つめ合う瞳。
時たま、大河の唇が私の瞼やおでこや頬にキスをして離れていく。
そして…大河の指先が私の唇の輪郭を確かめるようになぞれば、私、自ら大河の唇にキスをする。
そうすれば、大河の方から啄むような甘いキスをしてきて、憎らしく笑う。
通る人もいないから、どれだけ扉の前で2人きりの世界に浸っていたのかわからない。
「……おい、人ん家の前でいちゃつくのやめろ。まさか妹のラブシーンを見せられるなんて思わなかったぞ」
呆れる男の声に2人の距離が離れた。
「…溝口さん、こんばんは」
「あっ、おかえり兄さん」
今までじゃれあっていたことなんて想像もさせないように、しれっと挨拶する大河とは反対に、私は動揺を隠せずにいた。
「山根さん、こんばんは…お車の調子はどうですか?」
「えぇ、乗り心地いいですね。エンジンもうるさくないですし、おかげさまでいい買い物ができました」
「そう言って頂けるとオススメした甲斐がありました」
あははは…
お互いに不気味な笑みを浮かべ、男同士
の間で火花が飛んでいるような不穏な空気が流れていた。