意地悪なきみの隣。
私がそう言うと呆れたようにため息をついた。
「ううん…なんでもない。郁だもんね、うん。いつか気付くよ、その言葉の意味全部ね」
ポンポンと頭を叩かれる。
え〜…もう全然理解できないよ。
中島くんも陽菜ちゃんも。
「ね!それよりさ他に何かないの?」
話をさーっと流されて、また同じ質問。
だから本当に何もないんだって〜。
「え〜じゃあ例えば、ドキドキした⁉︎」
この辺!って言いながら自分の左胸に手を当てる。
思わず私も陽菜ちゃんのマネをしてみる。
ドキドキ……か…。
「したよ」
「………え⁉︎」
え⁉︎って陽菜ちゃんが聞いてきたんでしょう!
もう、中島くんの次に不思議だよ。
「い、い、いつ⁉︎何された⁉︎」
机にバン!と手をついて身をのりだしてくる。
ち…近いです!
「今みたいに…顔が近かった時…かな」
思い出す。
すごく近い距離にあった中島くんの顔。
胸の音がうるさかった。
それはどうしてなのか、よくわからないけどね。
「ま…まさか…き、き、キス…」
「ちっ…違うよお!そんなのしてないよ!デコピンされただけ!」
危うく勘違いされるとこだった。
そうそう、デコピンされたんだ。
じんわり痛いくらいの、ね。
「でも郁ドキドキしたんだね〜。うん、いいと思う〜」
なぜかニヤニヤしてる。
いいの?
ドキドキっていいの?
「……何話してんの」
「わっ!あ、中島くん!おはよ!」
陽菜ちゃんと話し込んでいると朝練を終えた中島くんが手の甲でコツンと頭を叩いてきた。
頬には少し汗。
朝からバスケ部はすごいなあ。
「あ!そうだ、帽子!ごめんね、借りたまま持って帰っちゃって…」
きっと、暑いから被せてくれたんだよね?
家に帰ってから帽子に気づいちゃって。
「あーそれいらね、西野にあげる」
「えっ」
予想外な言葉に一瞬固まってしまった。
い、いらないの?
そのまま私の横を通り過ぎて机に荷物を置く。
うーん…。
「ダメだよ、中島くんのだもん」
席まで行って帽子を突き出す。
だって帽子って安い物じゃないもん。
そんな簡単にもらえないよ。
はあ…とため息をつくと、私の手から帽子をひょいと取る。
「似合ってんだからもらっとけ、チービ」
「うわ!」
昨日みたいに前が見えないくらい深く帽子を被せられる。
真っ暗になった視界の中ではっきりとわかるのは、中島くんの楽しそうな笑い声。
帽子をずらすと見えるのは中島くんの無邪気な笑顔。
「ま、また同じことしたっ!」
なぜかその笑顔を見ると目を合わせることができない。
目線をそらしながら言うと、ははは…と笑うのをやめた。
「それ、あげる」
自分の頭をトントンと指をさしながらもう一度同じことを言う。
またふにゃっと笑って。
もうこれ以上何も言えなくて、ただただ中島くんを見てると予鈴が鳴った。
じゃーな、とひらひら手を振って席についた中島くんを見届けると陽菜ちゃんが来た。
「うわ〜ちょういい感じじゃん?さ、席座ろうね」
この言葉の意味は本当によくわからないけど。
でも、私にだけ向ける可愛い笑顔から目が離せなくなっていたことはわかった。