不順な恋の始め方
「わ、私っ…! 仕事、戻らないと」
「ちょっ、柚希……!」
次の言葉を聞かないようにと、背を向けた私の腕を譲が強く掴んだ。
やっぱり……逃げられない、か。
「柚希……話、あんねん。お願いやから……ちゃんと聞いて」
逃げたかったけれど、こんなに真っ直ぐ私を見る譲を見てしまってはそんなこと出来るわけもなくて。
私は、黙って頷くしかなかった。
「もう、勘付いてると思うねんけど……佐藤さんのことで。柚希に謝らなあかんことあるから」
あっちでゆっくり話そう?
そう言った譲の言葉に、私の不安な予感は全て確信へと変わった。
もう、これは確実に別れ話だろうと分かっているのに、私は逃げられず譲の後ろをついて歩いた。
そして、さっきまで私がいた非常階段へと出る。
この会社で人気のない場所といえば、やはり非常階段で。
こんな話をするのには、本当にもってこいの場所だ。