不順な恋の始め方
「し、下の名前……」
「あ、知ってる? 俺の下の名前」
私の目の前で。しかも、私と同じ目線の高さで首を右に傾げた坂口先輩に、心臓がドクンと跳ねた。
「ゆ、譲……さん」
坂口先輩の名前を、知らない訳がない。
ずっと憧れていた先輩の下の名前くらい、知っているに決まっている。
ただ、その名前を口に出したのは初めてだった私は遠慮がちに名前を呼んで俯いた。
そんな私の側からは「はは、新鮮やなあ」と満足気な坂口先輩の声が聞こえてくる。
「森下さんは? 下の名前」
「え、ええっと……柚希です」
まだ顔が熱く、俯いたままの私。
もしかして、坂口先輩も私の名前を呼んでくれるのでは……? と、心の隅で期待していると
「あとなぁ。森下さんよう敬語使ってるけど、敬語使うのも無しな?」
坂口先輩の次のひとことは期待外れの森下さん呼びで、私の肩がガクリと下がってしまった。