ジキルとハイドな彼
1人になりふと我に返る。

ふう、やれやれだ…私は肩で大きく息をつく。

危うく向こうのペースに乗せられるトコだった。

コウは食虫植物のような男だ。

美しい外見と甘い香りで獲物を誘い、近付いた瞬間にペロリと食べてしまう。

お堅い職業の割には、意外と節操ないのよね。

肉が焦げそうになっていたので慌ててつまんで食べていると、個室の扉が開きコウが戻ってくる。

何やら重要な電話だったのか、表情先程までと比べると明らかに険しい。

「何かあった?」私は尋ねる。

「うん、ちょっとバタバタしてて。これから職場に行かなきゃならなくなった。薫、食事はもう大丈夫?」

私はこっくり頷いた。

「全く食べそびれたよ」ボソリとコウが不満気に呟いたので、目を見張る。

アレだけ食べてまだ食べるつもりだったのか…。

お会計はコウが済ませて置いたようで、店から出ると手際よくタクシーまで呼んである。

卒のなさに感心しつつも、早く帰るよう急かされている気もして微妙な感じだ。

「1人で帰れる?代金は払ってあるから」

「ありがとう。そこまでしてもらっているなら大丈夫。大人だし」

私が軽口を叩くと、強張っていたコウの表情が緩む。

もうこの笑顔も見納めかしら。

この数日ずっと一緒にいたので、何だか少し名残惜しい気がしなくもない。

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