ジキルとハイドな彼
「それなら、好い加減腰を落ち着かせたらどうだ」

「それは僕だけの問題じゃありませんから」

コウはチラリと私に視線を向ける。

この状況で私に振らないでほしい。

居心地が悪くて私は下を向いて俯いた。

「まぁ、いい。近々挨拶しに顔を出せ」

美形は偉そうに言うと、そのまま踵を返し集団を引き連れて去って行った。

上司…かしら。随分厳格そうな人だけど。

「じゃあ、俺たちも行こうか」

しかしコウは気に留める様子も見せず、レストランへとエスコートしてくれた。

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「さっきラウンジで会った人って上司?」

運ばれてきた伊勢海老の前菜をフォークで切り分けながら尋ねる。

コウが予約してくれていたのはスタイリッシュなカジュアルフレンチのお店だった。

窓際の席に通されたので、テラスの緑を望むことが出来る。

「兄だよ」

私は伊勢海老を拭きだしそうになる。

「随分おっかなそうな人ね」その上、コウには全然似てない。

冷えた白ワインを一口飲んで、動揺を隠す。

「兄はお茶目な人なんだ」

お茶目…あの厳格そうな雰囲気とは正反対にあるような形容詞だ。

「ああ見えて奥さんの尻に引かれてるしね」

コウは切り分けた伊勢海老をお上品に口元へと運ぶ。

あんなおっかない旦那を尻に引くなんて、奥さんはダリル・ハンナやミラ・ジョボビッチのようなタフな女性に違いない。
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