ジキルとハイドな彼
「発見時に逃げ出したのは中に入った書類を奪われないため、という事でしたね」

「そうです。取引に関する非常に重要な書類だと聞いていました」

「彼が突然夜中にやってきて、追われているからといって重要な書類をあなたに託す。常識的な行動ではないと思いませんでしたか?」

「今思えば明らかにおかしいと感じます。でもその時、彼は慌てていて詳しく話しを聞ける状況ではなかったし、非常に困っていました」

引き攣った聡の表情を思い出す。

あれは演技だったのかしら。

そう思ったら胸がギュッと締めつけられて痛む。

「愛する人が窮地に陥っていたら、考えることなく手を差し伸べてしまうでしょう?理屈じゃないんです。だからオレオレ詐欺みたいな単純な手に騙されてしまう人もいるんじゃないでしょうか」

「では、あなたの彼はオレオレ詐欺の犯人みたいだってことになりますね」

コウは抑揚のない口調で痛いところをついてくる。

そして騙された私は単純だ、ともいいたいのだろう。

「あくまで…例えです。刑事さんたちだって同じ状況だったら私と同じ行動を取ったと思いませんか?」

上げ足を取られてイラっとしたが顔には出さないようにした。

意地の悪いことを言われて傷ついたかのように、伏し目がちに寂しそうな表情をする。

同情を誘う作戦だ。

「私なら、きちんと状況を見極め、どういった対応が適切か判断した上で対応します」

…が、秒速で論破。

ご立派な意見に返す言葉もない。
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