ジキルとハイドな彼
「あなたは彼を守ろうとしているのかもしれませんが、これはあなたと彼だけでの問題ではない。自分の自尊心を守ろうとして、多くの人を犠牲にするのは単なるエゴイズムです。愛だの恋だのいう前に、いち成人女性として責任を持った行動をしなさい」

コウに容赦なく現実を突きつけられて目眩がする。

急所を的確にナイフで抉られているようだ。

これなら田所のおっさんに恫喝される方がまだマシである。

私は両手を額にあてうつ向いた。

12月の寒い夜なのに額には薄っすら汗さえ浮かんでいる。

「彼の名前は…富永聡」絞り出すようにその名前を告げる。

「富永聡さんから沖本さんはアタッシュケースを届けるよう受けとったいう事実に間違いはありませんね」

「はい」

「何処へ届ける予定でしたか」

「駒場公園の中央広場噴水前にジャーナリストの水口という男がいると聞いたわ。偽名だと思うけど。これが渡された携帯の番号」

くしゃくしゃになったメモの切れ端を机の上に置く。

コウと目配せをすると田所はメモを持ち部屋からでて行こうとしたが、不意にドアの前で立ち止まる。

強面の顔に同情の色が滲ませながらこちらを振り向くと「お嬢、あんまり落ち込むなよな。またな」と言い残して出ていった。

彼に騙され犯罪に巻き込まれた上に、コウから非情な吊るし上げをくらい、青ざめている私の姿を見て、さすが
に田所のおっさんも気の毒だと思ったのに違いない。
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