ハルジオン
1
昔何度か遊んだ事のある少女と歩くその日は、暑くも寒くない、過ごしやすい春先だった。
明確に行きたい場所などなく、ただ忠犬のように少女に付いていくだけ。目新しいものなど何もないだろうに、少女はご機嫌に鼻唄を歌っていた。
都内でも有数の広大な公園。日曜日の昼時である今は、家族でピクニックも見受けられた。
「わぁ……綺麗!」
と、前を歩いていた少女が小走りで道の端に寄っていく。お嬢様らしく、上品にその場にしゃがみこんだ。
「見てみて、こんなにも愛らしいお花が咲いているわ!」
早乙女伊吹は少女の側までゆっくりと歩いた。
「ああ、それはハルジオンだな。……ほんと、こいつはどこにでも咲くな」
少女が気を取られた花はハルジオン。放射状のように白い花弁が並び、中心を黄色が飾っている。近視の人が見ればゆで卵みたいに見えるかもしれない。いや、それは無いか。
「どこにでも咲く? そうだっけ?」
「ああ。道端を歩いて何の気無しに見る花がこいつだった――とか。もう花っつーか雑草みたいなもんだな」
「あ、ひっどーい! こんなに綺麗なのに雑草なんて言っちゃ可哀想だよ!」
「いやいや、綺麗とか汚いとか関係ないから。それに農業に携わる人はこいつの事が嫌いだし、良い所はお前が言う綺麗なだけだな」
むぅ と少女が頬を膨らませた。息吹は肩を竦ませる。
「……雑草でもいいもん。ここで見付けたのも何かの縁だし、記念に一輪――」
「ああ待て待て。それは止めとけ。折角の金持ちが貧乏になるぞ」
「? なんで?」
少女が伸ばした手を息吹が制止すると、少女は不思議そうに小首を傾げた。視点が高い息吹を見上げる――通称上目遣いに、息吹はそっと顔を逸らす。
「……そいつは別名『貧乏草』て呼ばれててな。手入れのされていない庭――つまり貧乏人の庭に生えるって言われてて縁起が悪いんだ。だから止めとけ」
「ええー!? 貧乏草!? それはあんまりだよぉ……」
雑草と聞いただけで可哀想と言う少女だ。この別名はショックが大きかったかもしれない。
もっと気の利いた言葉があるだろうと、息吹は内心自分を責めた。
「ほら、分かったらもういこうぜ。花ならこの先に庭園があるはずだ。そこは摘んじゃいけないけど、もっと縁起の良い花がたくさん見れる」
「…………うん」
やや渋る声音だが、息吹が手を差し出すと素直に受け取った。
さっきまでとはまるで真逆。手を引かれる少女は俯き加減で息吹の後ろを歩いている。
どうしたものかと考えていると、不意に少女が立ち止まった。
「あ……ねえ、あれ」
「ん? どうしたんだ――て、またハルジオンか……」
もうこいつはいいだろう。正直しつこいし、こんな雑草もう見飽きてる。一体何がそんなに気になるのやら……。
「違うよ。さっきとは――ほら、花弁の色が違うでしょ? 可愛いピンク……これって何なの?」
ハルジオンの事なら何でも知っていると思っているのか、少女は流れるように問いかけた。当然のように息吹が答える。
「それはここら辺の空気が清浄だって意味だ。当然個体差もあるがな」
「へぇ……そうなんだ」
少女が曖昧に相槌を打つ。すると直ぐに「ごめんね」と呟いて、
「あ! ちょ……お前……」
「えへへっ。一輪だけ」
一体何に、誰に対するごめんねなのか。心優しい少女の事だ。恐らく両方だろうと息吹は一人嘆息した。
「たく……どうしてそんなに拘ってんだ。縁起が悪いって言っただろ」
「うん。でも、どうしても記念に欲しかったの」
ハルジオンの花言葉だけは、知っているから
小さく呟かれた一言に、息吹の心臓が小さく跳ねた。
「ここで昔、二人で一緒に遊んだよね。私、ずっと覚えてるよ」
「そうだな。俺も覚えてるよ」
片や財閥の娘。片や大学への進学すら厳しい貧乏一家。
一緒に遊ぶようになったきっかけは、道端にひっそり佇む一輪の花だった。
少女は息吹にふふっと笑いかけ、握られた手を固く締める。息吹もまた、決して放すまいと決意した。
ハルジオンの花言葉
『追想の愛』