夜を駆ける

『自分から結界を出る馬鹿があるか』

 黒い獣はいらいらと地面をかいた。

『人間には人間の、自然には自然の理(ことわり)ってもんがある。時折、そいつを破る奴が出てくるが、こいつがそうだと言ったはずだ。
自分から進んで首を差し出す馬鹿はいない。
あのまま人間の領域に居さえすれば、こいつなんて放っときゃ良かった』



 怒りが頭にのぼる。そのくせ悔しくて涙が出てくる。

「放っておける訳ないじゃない…皆、スンホンを探してるのに…
また…見失ったら…どこを探したらいいのよ」



『諦めるんだ。こいつは人間じゃない』



「……決めつけるなバカ」





 くすくすと笑い声がする。

「上手くできたでしょう…これでお姉ちゃんを守る物はないんだよ」



「どうしたのよスンホン…なんで…そんなことを言うの」



 なにが変わったというのだろう。ほんの数時間しかたっていないのに。

  スンホンが軽く後ずさると、闇を割って虎が現れた。


 普通、こんな人間のすみか近くまで、虎が現れることはない。

 さっきから、鳥肌が立っているのに、その比ではない重圧がある。

 目をそらしたらダメだ。殺される。


 ひたひたと虎が近づいてくる。ごろごろと喉を鳴らしながら。
< 18 / 53 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop