夜を駆ける
『自分から結界を出る馬鹿があるか』
黒い獣はいらいらと地面をかいた。
『人間には人間の、自然には自然の理(ことわり)ってもんがある。時折、そいつを破る奴が出てくるが、こいつがそうだと言ったはずだ。
自分から進んで首を差し出す馬鹿はいない。
あのまま人間の領域に居さえすれば、こいつなんて放っときゃ良かった』
怒りが頭にのぼる。そのくせ悔しくて涙が出てくる。
「放っておける訳ないじゃない…皆、スンホンを探してるのに…
また…見失ったら…どこを探したらいいのよ」
『諦めるんだ。こいつは人間じゃない』
「……決めつけるなバカ」
くすくすと笑い声がする。
「上手くできたでしょう…これでお姉ちゃんを守る物はないんだよ」
「どうしたのよスンホン…なんで…そんなことを言うの」
なにが変わったというのだろう。ほんの数時間しかたっていないのに。
スンホンが軽く後ずさると、闇を割って虎が現れた。
普通、こんな人間のすみか近くまで、虎が現れることはない。
さっきから、鳥肌が立っているのに、その比ではない重圧がある。
目をそらしたらダメだ。殺される。
ひたひたと虎が近づいてくる。ごろごろと喉を鳴らしながら。