夜を駆ける
「代わりがいるの」
だからスンホンは、あたしをここに連れて来たの。
「なら、あたしが大人しく代わりになると思ったの
あたしはスンホンを連れて帰る。あんたなんかに負けない」
身動きも出来ない。なのに口では強がってしまう。
隣からは低い唸り声がしている。
『お前はバカだ。考えなしの低脳だ。余計な事にばかりかかわる』
『オレ オマエ クラウ』
虎に話しかけたことにより、スンホンからこちらに注意が戻る。
じっと金の目が見つめる。すくんで動けないけれど、目の端では何か使える物がないか探していた。
少し右に木の枝が落ちている。なんとかそこまで行って拾いたい。
これでも武道家の娘なのだから、仕留めるまではいかなくても精一杯の抵抗はしたい。
そう思ったらすくんでいた背筋が伸びた。
ゆっくり体に力が戻ってくる。強張りをほぐすように手を肩から揺らして握りこんだ。
虎が近づいて来る。あたしの前には、黒い獣がいる。
「なんで逃げないのよ」
『子守を頼まれているからだ』
「あたし子供じゃないわ」
『十分青くさいね』
この獣、少なくとも敵ではないらしい。かといって味方かといえば不安だ。
「あたしはあてにしていいの」
『お前の首と胴体が離れていたら困るんでね』
木の枝にたどり着き、視線は虎から外さず拾う。
「援護まかせる」
『命の保障はしてやるよ。どんな犠牲を払うのかはお前次第だ』