夜を駆ける

 どうして虎の言葉が分かるのか。虎が何かして言葉を得たはず。それは簡単なようで、難しいはずだ。


 ふいにことりと心のなかに答えが落ちてくる。



「虎が話せるのは、人間を食べたからなのね」


『そうだ。奴は子供を殺した人間三人を殺した』


 人間を食べて、人間の知恵と言葉を受け継いで話せるようになった。



「…そう。まさかあんたは人間を食べてないでしょうね」



『そんな訳ないだろ』



 黒い獣が話すのは少し違う気がした。黒い獣からはまがまがしい気配はしない。とても怖いと思ったけれど、歳を取った獣が賢くなった…そんな感じだ。

 虎は目の前がどす黒くなる…そんな気配をしている。


「あたしは、スンホンをどうすることも出来ないの」

 自分のなかで誰か悪いのか罪のなすり合いがはじまりそうだった。



 人間が、虎の子供を殺さなければ。


 虎が人間を殺さなければ。

 スンホンが虎に出会わなければ。



 どこかひとつ、違っていたなら、わたしは関わりを持つことはなかった。

『子供を助けたいなら、虎を倒すしかない』

 黒い獣が、こっちを見ている。

「だってスンホンは…どうなるの、どうなっているの」

 ぼんやりと佇むスンホンからは生気は感じられない。虎はスンホンのことも食べたんだろうか。それなら今、目の前にいるスンホンはなんだろう。



『このままずっと人間をおびき寄せるために存在するほうがいいのか』

「いい訳ない…」

 それでも自分がなにか手を下すことに、ためらいが生まれる。



「スンホンを助けるには、虎の命を奪うしかないの」

『そうだ』

「……なんで……なんでそんな簡単な事みたいに言うのよ」


 そんな簡単に人間が虎の命を奪える訳がない。そう思う心の片隅では、父に仕込まれた技を使って試行錯誤する自分がいて、あまりにも矛盾していて心のバランスまでもが危うくなってくる。


 うまくかわして逃げられたら良かったのに。誰も傷つくことなく…


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