夜を駆ける

 自分の身を切るだけならいいのに、誰かを傷つけなくてはいけないなんて。

「スンホンと家に帰るだけでよかったのに」

 そんな当たり前だったことが、今は難しい。



「お前は、子供を殺した人間を殺しても、まだ人を憎むの」

『エラベナイ  ソレシカ  ニンゲン  オソウシカデキナイ』


「そうか…」

 人間を食べたことで、虎と自然のバランスが変わってしまった。

 他の道を選べなくなってしまったのは虎もそうなんだ。



『オマエ  ツヨイカ

オレ  コロス  クライツヨイカ』



 ぎりっと手の平を握りこむ。爪が肌に食い込む痛みがある。



『……強いよ。だからもう、いいんだ。人間を襲わなくたっていいよ…もうね』


 望んでいたのかもしれない。


 待っていたのかもしれない。



 どこかほっとしたような虎はまた口を開いた。

『オマエ  オレヲ  クウカ』


「肉は食わない

あたしが食べるのは、お前の罪だから。

人間は仲間を食べたりしない。だからお前のことも、食べたりしない。

お前は体は虎だけど、心は幼い人間だから、人間と同じに送るよ」



『オレハ  ココニ  イナクテイイノカ』

「うん。お前の存在は自然が認めた姿じゃない。だからまた生まれ変わってくるといいよ」



 傷の痛みが、かえって冷静な判断力を虎に与えてくれている。

 ざらついた毛皮をなでると温かな体温と締まった筋肉を感じた。なんで出会ってしまったのかな。

 きっと何か意味があったんだろう。



「お姉ちゃん…」


 スンホンが恐々近寄ってくる。


「ごめんね。あたしは助けられなかったんだね」


 もっと良く見たら、わかったのかもしれない。むこう側の景色が透けるように、スンホンの姿はゆらゆらとした魂だけだった。


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