夜を駆ける
邂逅
秋の夜は澄み、空は高く月を運んでいた。
月の作る影が、あたしの前を歩いていく。黒い獣もあたしも とぼとぼ足を運ぶだけで、何も話はしなかった。
いっぺんに起こった出来事に頭が追いつかず、まだ整理できずにいた。
村外れの家には、夜更けだというのに明かりが見え、父が起きていることが伺えた。
帰らない娘を心配して起きていてくれたのだろうか。
怒られるのを覚悟して帰るしかない。
素直に起こったことを話すのか、言い訳をするのか考えていなかった。
無理矢理話を作ってばれるよりは、適当にごまかすほうがいい。
家の手前で、黒い獣にお礼を言って別れるつもりで、立ち止まった。
「もうここで大丈夫だから」
『俺はまだ用がある』
獣は離れる気がないのか、すたすたと家の入り口まて歩いていき、あたしが扉を開けるのを待っている。
「あたしが遅くなった言い訳をしてくれるつもり」
あたしの父が変わり者だとしても、喋る獣と仲良く会話するとは思えない。
「悪いけどかえって迷惑だから」
『俺の用があるのは、中にいるヤツ。悪いけど入れてもらうよ』
「父に合わせる訳にはいきません。無事に帰れなくなるから」
いきなり獣が家に侵入してきたら、父がどうするかなんて火を見るより明らか。棒で叩いて追い出すに決まってる。
『早く開けろ、俺も客なんだ』
「そこまで言うなら、知らないから」
がたりと戸を開けると、隙間をするりと抜けて中に入っていった。続いてあたしも戸を潜る。
「ただいま戻りました」
父は声がしたので、あたしを見て、お帰りと言った。卓を挟んで女性と向きあっているけれど、小さな子供のようでありながら大きな木のような人だった。
年老いているけれど、年齢のわからない人だった。
見たことのない服に、長い髪を背中に垂らし、青い石の飾りのついた首飾りをしていた。
黒い獣はまるで犬みたいにおとなしく、彼女の足元に座り込みぬいぐるみのように動かなくなった。
『お帰りなさい』
彼女を一目見て、あたしは目が離せなくなった。